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戦争に利用される「ピンクウォッシュ」 イスラエルの“LGBTQフレンドリー”イメージ戦略とは

2024年6月6日 21:44
戦争に利用される「ピンクウォッシュ」 イスラエルの“LGBTQフレンドリー”イメージ戦略とは

イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃が続く中、イスラエル軍の兵士がLGBTQの象徴であるレインボーフラッグを掲げた写真が注目された。LGBTQを支援する姿勢を打ち出すイスラエルのイメージ戦略である「ピンクウォッシュ」をひもとく。<国際部 内山瑞貴>

性の多様性を尊重する「プライド月間」の今月、ぜひ知ってもらいたい言葉の一つが「ピンクウォッシュ」だ。

ピンクウォッシュとは、国の政策や企業の商品などにおいて、人権侵害などの不都合な事柄を覆い隠すため、LGBTQを支援する姿勢を打ち出して、良い印象を与えようとするイメージ戦略のことだ。

「ウォッシュ」とは表面を取り繕う、上辺だけ、という意味で用いられる言葉で、そこに主に欧米で同性愛者のシンボルカラーとされる「ピンク」を合体させて「ピンクウォッシュ」と呼ばれるようになった。

実は、ウォッシュは他にもある。たとえば企業が「エコ」「天然由来」などの言葉を使い、実際よりも環境に優しい商品のように見せかけたり、企業の負の面を覆い隠そうとしたりすることは「グリーンウォッシュ」と呼ばれている。

ではこのピンクウォッシュ、戦争とはどのような関係があるのだろうか。

この言葉はもともと、イスラエル政府のパレスチナ自治区ガザ地区への対応を批判する言葉として使われているものだ。

イスラエルの外務省が去年11月、公式に運営するXに投稿した写真には、イスラエル国防軍の兵士がガザ地区で、LGBTQの象徴であるレインボーフラッグを掲げる姿が写っていた。本文を見ると、「イスラム組織ハマスの残虐行為の下で暮らすガザの人々に希望のメッセージを送りたい」と書かれている。

同志社大学研究員の保井啓志氏はこれこそが「ピンクウォッシュ」、イスラエルの国家広報戦略だと指摘する。

イスラエル政府は、ガザ地区でパレスチナの人々の人権を侵害している事実を覆い隠すため、LGBTQを支援している姿勢を積極的に打ち出し、同性愛者に厳しいイスラム文化圏に比べイスラエルが“人権先進国”であるとアピールしているという。

そもそもユダヤ教の伝統的な教えでは同性愛は禁じられているが、イスラエルは比較的そのあたりは柔軟で、1988年に同性愛は合法化されている。

一方、イスラム教では同性愛はタブーとされていて、イスラム教徒が多くを占める中東では、同性愛に対する厳しい制約が一般的だ。

保井氏はイスラエル政府は海外に向け、「中東唯一の民主主義的な国家で、 LGBTQの人々が暮らせる国」とアピールすることで、「他の中東の国々や同性愛を禁じているイスラム教、 ひいてはパレスチナは、イスラエルと違ってLGBTQ当事者を抑圧している」という二項対立の構造を生み出して、自身の正当化に利用しようとしていると指摘する。

イスラエルが今行っているガザ地区への攻撃は、LGBTQの人たちの人権を守ることが目的ではないのに、あたかもそのようなイメージをまとうことで、まさにウォッシュ=表面だけ取り繕って、戦争を正当化しているといえる。

しかし、LGBTQフレンドリーを戦争や政治に利用しているのはイスラエル政府だけではない。

たとえば2001年、アメリカがアフガニスタンに軍事侵攻を始めた際、アメリカ政府はイスラム主義勢力タリバンが行っていた女性への人権侵害や同性愛者への迫害などを理由に、「文明的なアメリカ」と「野蛮なイスラム」という対立構造を強調した。

性的マイノリティーの思想や文化などを研究する「クィア理論」研究者のジャスビル・プア氏は、「このことが、アメリカの侵攻は『人権を守るための正当な行動だ』という印象を市民に与え、支持を高めた」と指摘する。

また、フランスやオランダでは、同性愛者の権利を訴えながら移民排斥を訴える極右政党が台頭している。

これについてジェンダー研究で著名なジュディス・バトラー氏は「LGBTQを受け入れる『先進的な私たち』の文化は、LGBTQを受け入れていない『後進的なイスラム』価値観とは相容れることはできないとして文化的対立を強調し、極右政党の移民排斥の主張につなげている」と指摘している。

また、国だけではなく、企業も自社のイメージを「ピンクウォッシュ」するケースもある。

イギリスメディアによると、イギリスの軍需企業大手の「BAEシステムズ」は、LGBTQを支援するイベントのスポンサーを務めて、人権に配慮する企業だというイメージ戦略をとっている。

しかし、この会社が作った武器はサウジアラビアに輸出されイエメンへの空爆に使われ、多くの市民の命が奪われる世界最悪レベルの人道危機を引き起こしている。

LGBTQフレンドリーだとうたうことで、戦争と死をもたらす武器の取引という事実から目をそらさせている、といえる。

日本に住むユダヤ系性的マイノリティーのハナさんは私たちのインタビューに対し、「大企業がLGBTQフレンドリーのイメージやレインボーフラッグを使って商品を宣伝しているのを見ると、 それはただの見せかけで、自分たちが金儲けに利用されているだけのように感じる」と訴えている。

人権を守ろう、というのがLGBTQ運動の根幹であるのに、それを戦争に利用するということは許されることではない。

私たち一人ひとりがその歴史や背景、実態をきちんと見抜こうとする姿勢をもち、表面的なアピールにのせられないようにすることが必要ではないだろうか。

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