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【#みんなのギモン】原発処理水 韓国で「子どもに被害が…」日本以上に不安まん延のワケ

2023年7月5日 22:02
【#みんなのギモン】原発処理水 韓国で「子どもに被害が…」日本以上に不安まん延のワケ
SBSのニュース番組

韓国で、福島第一原発の処理水放出をめぐり不安感が強まり、最新の世論調査では8割の人が「心配」だと答えています。なぜ今、韓国でこれほど動揺が広がっているのでしょうか?じつはその裏で、大手メディアの視聴率主義や怪文書の存在も。

■「性能懸念」「故障」…相次ぐ “ネガティブ報道”

7月3日、韓国の公共放送KBSの「ニュース9」。メインキャスターが「汚染水」と表現して、こう伝えました。

「今年の夏、猛暑や大雨以外にも、まもなく日本が放流することになっている福島の汚染水を心配する方も多いです」

韓国の大手テレビや新聞は今、福島第一原発の処理水放出に関するニュースを連日、トップ級で伝えています。日本での報道ぶりと比較すると、その扱いははるかに大きい印象です。ただ、その内容は…。

「放射能測定器の性能に懸念も」(6月20日・MBC)「海水の放射能監視装置に故障が多い」(7月1日・KBS)「処理水放出でガンの発症率が高まる可能性があるとして、保険会社がガン保険の電話勧誘を進めている」(6月29日・聯合ニュース)

処理水の放出に対し、視聴者や読者が不安感を高めかねない報道が韓国国内で連日行われているのが実情です。しかしよく見てみると、根拠が明確に示されていなかったり、1人の議員の主張によるものであったりします。

■“数字のマジック”はどこから来たか?

話題となっている「塩の価格高騰」。――ここでも疑問が生じます。発端は、韓国のテレビ局1社が「処理水放出に懸念を抱く人が増え、天日塩の価格が平年より6割以上、高騰している」と報じたことでした。すると、翌日から他のテレビ・新聞も追いかけるようにほぼ同じ内容を相次ぎ報じました。

ただ、問題は「6割高騰」とした数字です。根拠にしたとみられる韓国農水産食品流通公社の調査データを調べると、去年、すでに小売り価格は物価高などの影響で平年より5割ほど上がっていました。去年から今年にかけても1割ほど上昇していましたが、生産業者に取材をすると、その理由は天候不良による生産量の減少と見られることがわかりました。

それを「平年より6割以上、高騰」と表現し、福島の処理水放出と関連づけて報じたことで不安を高める結果になったとみられます。実際にソウルの大手スーパーでも一時、陳列棚がほぼ空になって購入制限がかかり、産地では塩の窃盗事件まで起きました。

こうした“数字のマジック”は他にもあります。

韓国のテレビ・新聞が相次ぎ報じたのは「日本産の海産物の輸入量が減少した」とするニュース。税関当局が発表した5月の日本産海産物の韓国への輸入量が前年に比べて30%減り、処理水放出と関連づけて「日本の水産物への懸念が高まっていることと関係しているとみられる」とする内容です。

ただ、こちらもデータを見てみると、去年と比べると輸入量は減っているものの、前月(4月)と比べるとむしろ増えています。こうした報道も不安感を高めることにつながっています。

■「フェイクニュース」まで駆けめぐり…

また、一部のインターネットメディアでは、日本政府が「偽情報だ」とするようなものも流布されています。6月21日、“日本の外務省幹部”とされる人物が、「『日本政府はIAEA(=国際原子力機関)に対して100万ユーロ以上の政治献金を行い、IAEAの最終報告書の結論は最初から絶対安全と決まっている』と述べた」とするメモの文書を掲載したのです。

翌日、日本政府は「事実無根」と抗議するコメントを発表しました。同じ内容のこの文書は韓国の大手メディアの記者の元にもメールで届けられていました。記者らは事実確認に走り、日本側が全面否定して抗議コメントを即座に出したため、韓国の大手メディアまでもが報道する事態には至りませんでしたが、日本政府は神経を尖らせています。

■なぜ“ネガティブ報道”相次ぐ? 「政治利用」色濃く

韓国で、なぜこうしたネガティブ報道が相次ぐのでしょうか。韓国でメディアに関する学会の会長を務めたことのある、高麗大学メディア学部の馬東勳教授に聞きました。

「福島は地理的に遠くないため、処理水について韓国国民は自分事として捉えていて、日韓関係が絡むために関心がより高くなっています」
「テレビも新聞も、視聴者や読者が好む話を探して報じるために、真実が何であるかは重要でなくなっているのです」

その上で馬教授は、不安を高めるような報道が相次ぐのは、この問題が政治利用されているのが理由だと指摘します。

「この問題はあまりに政治化されすぎています。メディアも政治の論調に呼応して、科学的な事実とは関係なく二分されています」

韓国では、革新系の野党や市民団体が処理水放出に批判を強める一方、保守系の政府・与党がカメラの前で刺身を食べて見せたり海水を飲む姿を披露して安全性を訴えるなど、対立が深まっています。

実は、こうした動きは来年の総選挙に向けた政治的な駆け引きでもあるのです。

野党側は、処理水の放出をあえて政治問題化して不安をあおり、選挙に有利な展開を描く狙いがあるとみられます。この動きにメディアの報道も影響され、不安をあおるニュースがより強い印象を視聴者に与えていると言えそうです。

ある水産市場の関係者は「野党は経済問題と言いながら海産物の危険性をあおり、むしろ経済を悪化させている」と批判しています。

■市民はどう見ている?

最新の韓国の世論調査では、国民の8割近くが海や水産物の汚染を「心配している」と回答しました。実際にソウルで街行く市民に話しを聞いてみました。

「過度な不安こそ毒になる」
こう話す人もいるものの…

「不安を感じない人がどこにいるだろうか」
「子どもに被害が及ばないか心配だ」
やはり放出に懸念を抱く人が大半でした。

東京電力は年間に放出する放射性物質トリチウムの総量を、国の基準を下回る22兆ベクレル未満にするとしています。実はこれは韓国の月城原発が年間に放出する71兆ベクレル(2021年)より低い数値です。ただ、このことについて韓国国内では取り上げられていません。

「心配な人が8割」…この世論を動かすためには、日本政府のさらなる説明と、透明性の高い情報開示が必要になりそうです。