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子供の同意なく親が「写真」「動画」をネット投稿…危険性伝えるドイツの取り組み “恐ろしい未来の始まりかも”

2023年8月26日 12:31
子供の同意なく親が「写真」「動画」をネット投稿…危険性伝えるドイツの取り組み “恐ろしい未来の始まりかも”
AIで作られた“成長したエラ”が訴える(提供:ドイツテレコム)

普段、SNSなどでなにげなく投稿している家族や子供の写真や動画…ただ、こうした投稿にはさまざまな問題も指摘されています。ドイツで、親が子供について本人の同意なくネット上で公開する行為、いわゆる「シェアレンティング」が招く危険性を訴える動画が公開され、話題となっています。
なぜこのような動画を公開したのか? 制作したドイツの通信事業会社を取材しました。
(国際部 李英宜)

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インターネット上では近年、AI(人工知能)を使って政治家や有名人の姿を作りだしたウソの映像、いわゆる「ディープフェイク」映像が登場し、問題となっています。去年3月にはロシアのSNS上にウクライナ・ゼレンスキー大統領そっくりの偽動画が投稿され、問題となりました。

こうした被害は、有名人や著名人にだけ起きるのでしょうか。ドイツで制作されたある動画では、親が子供の生活の詳細をネット上で公開する行為、いわゆる「シェアレンティング」が招く危険性を、意外な方法を使って訴えています。「シェアレンティング」は、英語のovershare(過剰に共有すること)とparenting(子育て)を組み合わせた造語で、親が子供の写真を本人の同意なしにネット上で共有することを指しています。

■「私にとっては恐ろしい未来の始まりかも…」ドイツ企業が注意喚起の動画を公開

ドイツの通信事業会社「ドイツテレコム」は7月、自社サイトで『#ShareWithCare(注意深く共有を)』と銘打ったキャンペーンの動画を公開しました。わずか3分足らずの動画はドイツのみならず、隣国のオーストリアのメディアや日本のSNSでも話題となりました。その動画の内容をご紹介します。

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動画の冒頭は「この映像は動揺を招く恐れがある」との注意書きが表示される。それから画面左側にはモザイクがかけられた無邪気な子供たちの映像が次々と映し出され、右側に文字が浮かびあがる。
『75%以上の親がSNSで子供のデータを共有しています』
『親10人のうち8人には、面識のないフォロワーがいます』

それから場面が変わり、大人の男女が楽しそうに映画館に出掛ける様子が映る。字幕で『9歳のエラちゃんの両親です』『両親はしばしば、娘のエラの日常をSNSに投稿しています――そのことが、彼女の人生にどのような影響を与える可能性があるかを知らずに』と表示される。2人は楽しげに映画館の座席に座る。それに合わせ『何も気づいていない彼らに、たった1枚の写真とAI技術で作られた“成長したエラ”を見せることにしました』との字幕が…。

そこから画面が変わり、AIで9歳のエラちゃんの顔写真を基に“若者になった顔”を作る工程を見せる。

あどけない少女の輪郭が面長になり、目元もしっかりして大人びた表情を帯びる。完成した“顔”が映画館のスクリーンいっぱいに映し出され、客席にいる両親に語りかける。
「お母さん、お父さん、エラよ! デジタルでちょっと成長したバージョンだけど。最近の技術ってすごいね」

座席で母親が思わず身を乗り出す。AIで“成長したエラ”は話し続ける。

「お母さんたちがSNSに投稿した写真が何枚かあれば、誰でもそれを取り込んで利用することができるの」
「2人にとっては単なる思い出のための投稿だって分かってる。でも赤の他人にとっては…データになるの」
「そして私にとっては…こんな恐ろしい未来の始まりかもしれない」

スクリーンでは“成長したエラ”の顔が、さまざまな国のパスポートなどに次々とはめこまれていく。“エラ”の声がする。
「私のアイデンティティーが盗まれてしまうかもしれない未来」
「私が無実の罪で投獄されてしまうかもしれない未来」
「私の信用性が失われるかもしれない未来」

客席の両親は驚いて顔を見合わせる。スクリーンの“成長したエラ”は話し続ける。
「私の声がデータとして取り込まれて、お母さんをだますために使われるかもしれない」
そこに、“振り込め詐欺”のようなエラの声が聞こえてくる。

“エラ”は顔をこわばらせながら続ける。
「私の顔がネット上の面白画像として拡散され、学校で笑いものになるのはイヤ」
“変顔”をしたエラの写真がネット上で拡散されている。その言葉にかぶせるように、彼女をあざ笑う男性の声が聞こえてくる。

それから“エラ”は目を伏せ、涙をこぼしながら声をふりしぼる。
「そして本当に起きてほしくないのは、これ…」

スクリーンに映し出された画像に、両親は思わず目を見開く。そこにはモザイクのかかった人の画像があり、ファイル名とおぼしき部分に「海岸のセクシーな少女.jpeg」の文字――“エラ”のデータが性的な画像に使われてしまったと推察される。

“エラ”は前をまっすぐ見て語りかける。
「お母さんたちがネットに載せたのは、デジタル上の足跡のようなもの。これからも私の人生にずっと付いてくるものなの」
「2人が私を愛しているから投稿したって分かっているから、私はこうして話すの。傷つけるつもりがないことも分かってる」
「だからお母さん、お父さん、お願い、私のバーチャル空間でのプライバシーを守って」

画面は一面、真っ暗になり、最後にこの文が映し出される。
『子供のデータには特別な保護が必要です。すべての人のネット上での安全は、私たち一人一人から始まるのです』

■“エラ”は子供たち世代を代表する存在――ドイツテレコムに聞く

今回、この動画を制作したドイツテレコムに、注意喚起を始めた経緯などを聞きました。

――キャンペーン『#ShareWithCare(注意深く共有を)』を始めたきっかけを教えてください。

私たちはこのキャンペーンを通じ、デジタル上での個人データを責任を持って取り扱うよう注意喚起したいと考えています。特にAI技術によって、データの悪用は驚くほど簡単になってしまっています。

ネット上では休日の写真や家族のお祝いごとの話や家族全員での週末の旅行などについて、すぐに共有されます。ただ、親が子供の生活の詳細をネット上で公開する行為「シェアレンティング」は、個人情報の漏えいを助長します。すべての人には、自分のデジタル上でのアイデンティティーを決める権利があります。

イギリスのある調査によると、平均的な5歳の子供は、最も信頼している人…つまり両親によって、すでに約1500枚の写真が同意なしにアップロードされているとされています。ネット上に公開された写真などは"素材"となり、こうした個人データは世界中で無制限に利用できるようになります。

私たちはキャンペーン『#ShareWithCare(注意深く共有を)』で、愛する人の画像に配慮した行動を呼びかけています。私たちが公開した動画では、AIの技術が起こしうる懸念について示しています。“エラ”と呼ばれる9歳の少女の写真がベースとなり、最新のAI技術を駆使して、この少女のディープフェイクが作られます。ディープフェイクとは、コンピューターの学習能力によって人工的に生成された動画、画像、あるいは音声のことです。

今回、9歳の子供のディープフェイクが作成され、大人の女性のように振る舞うことで状況を説明できるようになりました。“エラ”は子供たち世代の全員を代表する存在なのです。

――参考にした調査などについて教えてください。

イギリスの家族向けデジタル生活の専門機関「ペアレント・ゾーン」の調査によると、ネット上での写真の氾濫は増加の一途をたどっています。2015年の調査では、親は自分の子供の写真を5歳になるまでに平均して973枚をネットで共有していました。それが現在では1500枚にまで増えているとされていて、これは1日1枚ずつ公開し続けた数に相当します(参考:ESETドイツの発表。サイトpresseportal.deに2021年8月26日に公開)。

――なぜドイツテレコムが英語で動画を公開したのでしょうか。

“ネット上での暴力”は世界中に広がっています。このため、英語版で作成しました。英語で公開することによって、このキャンペーンは世界的な成功を収めています。

――キャンペーンに対する反響はありましたか。

ソーシャルメディア上で世界各国からの反響があり、本当に驚いています。今回のキャンペーンはヨーロッパやイギリス、アメリカ全土でソーシャルメディアやテレビで紹介され、認知されています。わが社のサイトで当該記事の閲覧は過去最高を記録しました。多くの方に届いたことは大変素晴らしいことです。

――子育てをしている親たちに知っておいてほしいことは。

保護者がソーシャルメディアなどを通じて、子供の写真や名前や年齢などのデータを安易に共有することで、意図せず子供たちを危険にさらしているともいえます。専門家の予測によると、2030年までに、個人情報を悪用されるケースの3分の2が、このような方法で起こると指摘されています。個人情報を売買するデータブローカーによるプロファイリングやハッキングの被害に遭ったり、小児性愛者に関心を持たれる対象となったりするなどの脅威にさらされる可能性も考えられます。親御さんには人生で最高の瞬間を慎重に共有していってほしいと願っています。

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ドイツテレコムの動画「エラからのメッセージ|同意なく」は下記で視聴可能です。

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