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【ルポ 米中間選挙】「ラストベルト」労働者票の行方(前編) 健在「トランプ人気」の一方…バイデン氏は産業転換に巨額投資

2022年10月12日 22:29
【ルポ 米中間選挙】「ラストベルト」労働者票の行方(前編) 健在「トランプ人気」の一方…バイデン氏は産業転換に巨額投資
9月9日、インテルの新工場起工式で演説するバイデン大統領(提供:ホワイトハウス)

アメリカ中間選挙まで、あと1か月。勝敗を左右するのが、長く製造業が衰退する中西部の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる地域だ。2016年の大統領選挙で受けた、労働者の強い支持をつなぎとめたいトランプ前大統領(野党・共和党)。一方、バイデン大統領(与党・民主党)は、地元の産業を生まれ変わらせようと巨額の投資を打ち出す。ラストベルトに起きている”変化”を探った。
(NNNワシントン支局・渡邊翔)

■「ラストベルト」の小さな町で…熱狂のトランプ氏集会

9月17日、中西部オハイオ州にある人口約6万人の町、ヤングスタウンのアリーナを訪れると、数百人はいるかという長い列ができていた。11月の中間選挙に向けた集会を行うトランプ前大統領目当てに駆けつけた人たちだ。「トランプ」の文字が入った帽子や服を身につけた支持者の姿も目立つ。行列の横では、「トランプ2024」と書かれた大きな旗を掲げた若者が走り回っていた。

アメリカ中西部には「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる、製造業と経済が衰退した地域が広がっているが、ヤングスタウンは、まさにその典型と言える。20世紀半ばまでは全米有数の鉄鋼業の拠点として栄えたが、1970年代に鉄鋼業が衰退すると、その後、町と経済は低迷。人口も流出した。町中には廃墟となった鉄鋼会社の建物が残り、古びた工場も目立つ。ダウンタウンは休日の昼間でも人通りが少ない。

ラストベルトの各州は大統領選や議会選挙で常に激戦区となる地域で、今回の中間選挙でも上院・下院の過半数をめぐる戦いの焦点だ。特に労働者票が勝敗の鍵を握るとされている。2016年の大統領選挙ではこの労働者たちが、ビジネスマンのトランプ氏を強く支持した。

地元に雇用と好景気を取り戻してくれる――そんな労働者の期待が、激戦のラストベルト地域での勝利、そして「トランプ大統領誕生」の原動力となったのだ。特にオハイオ州では、トランプ氏は2016年、2020年と2度の大統領選で連勝している。

午後8時前、大歓声の中で壇上に上がったトランプ氏。その人気は健在だ。まずはバイデン政権の経済運営の批判に時間を割くのが、中間選挙の遊説でのお決まりのパターンだ。

「トランプ政権では、経済はインフレのない史上最高の経済だった。民主党は過去50年で最悪のインフレを生み出した」

「我々は鉄鋼やアルミの製造業を(対中制裁関税などで)救った。ここに鉄鋼業の人はいるか? 私のことが一番好きなのは鉄鋼業の人たちだろう」

地元の労働者、特に伝統的な製造業に従事する人たちへの実績アピールに余念がないトランプ氏。さらに返す刀で、EV(=電気自動車)をめぐるバイデン大統領の政策を批判した。

「今、この国では指導者が全ての車を電気自動車にすることを要求している。長い距離は走れず、コストは高く、中国でしか手に入らない材料でバッテリーを生産しているのに。アメリカでは無制限にガソリンが安く手に入るのに」

「オハイオを消滅させる自殺的な計画だ。産業が破壊され、オハイオのエネルギー産業は倒産し、電気料金は高騰する」

オハイオ州の共和党上院議員候補で「トランプ派」のJ.D.ヴァンス氏も、EV批判でトランプ氏と足並みを揃える。記者の取材に対し、「現段階では、EV産業が雇用に与える正味の影響はマイナスだ。従来のガソリン車を作る労働者の雇用を大量に奪うことになる」と語った。

■ラストベルトをEV・半導体産業の「中核地帯」へ…バイデン大統領の攻勢

トランプ氏の「EV批判」の背景には、バイデン政権が進める、ラストベルトの産業構造転換のためのEVや半導体への巨額の投資がある。

9月半ば、バイデン大統領はミシガン州デトロイトでモーターショーを訪問し、35州にEVの充電ステーションを建設するための資金提供を承認したことを発表。その後の追加承認によって、全50州と首都ワシントンに15億ドル(2180億円)の資金の利用が可能となっている。

また、半導体産業に対しては8月に527億ドル(7兆円超)の補助金の支給などを盛り込んだ支援法が成立。9月には、半導体大手「インテル」がオハイオ州コロンバス近郊に建設する、新たな半導体製造工場の起工式にバイデン氏自ら足を運んだ。

「『ラストベルト』というレッテルを捨て、この地域を『シリコン・ハートランド(シリコンの中核地帯)』と呼ぶ時が来たのだ」、高性能半導体の生産でアメリカを世界一にすると気勢を上げたバイデン氏。9月以降、頻繁にラストベルトに足を運び、先端技術の製造業の中心地に生まれ変わらせるとアピールを続けている。

起工式の翌週、実際に記者がインテルの工場建設地に足を運ぶと、見渡す限りの更地の中を多くの工事車両が行き交っていた。インテルによれば、従業員と工事関係者合わせて1万人を雇用できるという。

周辺では製品の材料などを供給する関連企業の拠点作りも始まっていた。地元の不動産会社の幹部は「オハイオ州で、これほど大規模な開発プロジェクトは初めてだ。住宅やアパート、ホテル、レストランなど、あらゆるものが必要になってくる」と期待を寄せる。

さらに地元で半導体の設計を行うベンチャー企業の幹部は、インテルの工場建設は若者の流出を食い止める効果もあると指摘する。

「コロンバスには、半導体分野で高い技術を持った人材には、チャンスがあまりなかった。皆、東海岸や西海岸に仕事を探しに行っていたんです。でも多くの学生は州内に家族がいる。カリフォルニアに引っ越すよりはオハイオに留まりたいと思うでしょう」

1つの工場が町の産業にもたらす大きな変化。こうした「先端産業の波」は、トランプ氏が演説を行ったラストベルトの小さな町、ヤングスタウンにも届き始めている。

(後編) へ続く

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