【ルポ 米中間選挙】「ラストベルト」労働者票の行方(後編) 産業衰退の町に「EVの波」…トランプ支持に変化は?
アメリカ中間選挙まで、あと1か月。勝敗を左右するのが、長く製造業が衰退する中西部の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる地域だ。産業復活のために、電気自動車(EV)や半導体産業への巨額の投資を打ち出すバイデン政権。トランプ前大統領を支持していた労働者は、こうした変化をどう見ているのか。
(NNNワシントン支局・渡邊翔)
※(前編)から続く
■ラストベルトの町に「EV関連工場」も…トランプ支持者が抱く“不満”
バイデン政権がラストベルトの製造業復活のために進める、EVや半導体産業への巨額の投資。中西部オハイオ州の州都コロンバス近郊には、半導体大手「インテル」が新たな巨大工場の建設を決めた。こうした「先端産業の波」は、鉄鋼業衰退後、復活に苦しむラストベルトの町にも届き始めている。
トランプ氏が9月に集会を開いた州東部の町、ヤングスタウン。郊外のガソリンスタンドに行くと、EVの充電ステーションを見つけた。4つの充電スタンドは満車だ。長距離移動中にスタンドに立ち寄ったという女性は「こんなところに充電スタンドがあるなんて」と驚く。
さらに町の近郊には、アメリカの自動車大手「ゼネラルモーターズ(GM)」と、韓国のバッテリー大手「LGエナジーソリューション」の合弁によるEVのバッテリー工場がある。工場建設はトランプ政権末期の2020年に発表されたが、バイデン政権になって工場が完成、この夏には本格的にバッテリー生産を開始した。会社によると、ハイテク人材1300人を雇用するという。
また、長らく「町の製造業の象徴」だった旧GMの工場も、台湾の電子製品大手「フォックスコン」がEV生産のために買収した。(取材した9月中旬にはまだ、EVの生産は始まっていなかったが、その後、9月末に生産を開始したことが発表された。)
バイデン政権が力を入れるEV産業によって、町にもたらされる雇用。こうした変化を、地元のトランプ支持者はどう見ているのだろうか?
トランプ氏の集会で聞くと、彼らが重視していたのは全く別の話題だった。
「トランプの時に経済が良くなったのに、今はガソリン価格がすごく高い。請求書を支払うのも大変」
「ガソリンの価格が上がったし、バイデンになって、あらゆる物の価格が本来よりも高くなった」
新たな産業の話よりも、長引くインフレによる日々の暮らしの苦しさへの不満が口から飛び出す。地元のEV関連工場についても、「長期的にみて、電気自動車が普及するとは思えない」という懐疑論や、「工場建設の話はバイデンが大統領になる前から進んでいた」と、ばっさり切り捨てる支持者もいた。
■響かぬバイデン氏の「EV普及」アピール
もちろん、トランプ氏の集会に参加する地元住民は、基本的にはトランプ支持者だ。ただ今回の取材では、バイデン氏が推し進めるEV産業に従事する労働者からも、トランプ氏を支持する声が挙がった。
記者が出会ったのは、新しいEVバッテリー工場で働く22歳のデレクさん。父と祖父はGMの工場で長年働き、親戚もヤングスタウン地域で鉄鋼業に従事してきた、典型的な「ラストベルトの労働者一家」だ。
デレクさんは、高校卒業以来、親戚と一緒に働いてきた鉄鋼関連企業を辞め、今年2月にバッテリー工場に転職した。
「EV業界は、本当に成長すると思ったんだ。いろんなEVが出てきて、未来があるということを示している。それと、製鉄工場では楽しく働いていたけど、快適な環境から抜け出して新しいことに挑戦したいと思ったんだ」
ただ、EV普及を推し進めるバイデン氏を意識することは、ほとんどないという。
「誰がやるか、というのはそんなに重要じゃない。EVなど未来に対して投資するのは普通のことだよ」
中間選挙にむけても、バイデン氏ではなくトランプ氏を支持しているという。
「トランプ政権での経済の進め方は好きだった。中国への制裁関税とか、株式市場も好調だったしね。だから、バイデンとの対決ならトランプに投票するかな。それにトランプは風車とかエネルギーとか、そういうのが大好きだったから、EVへの投資でもバイデンと同じような(大規模な投資の)判断をしたと思う」
実際には、トランプ氏はEVの普及政策を批判しているし、風力発電にも反対しているのだが、どうも「トランプ氏は、新しいビジネスチャンスに積極的に投資してくれる」というイメージがあるようだ。
こうした「経済重視」のイメージに加え、「トランプ氏の時は景気がよかったが、バイデン政権になって悪化した」という認識が、経済を重視する労働者の「根強いトランプ支持」の根幹にある印象を受けた。
■分断への懸念から「トランプ離れ」も…「国が分裂する」
一方、以前はトランプ氏に投票したものの、次の選挙ではもう支持しないという人もいた。ヤングスタウンのバーで出会った塗装業のラリーさんは、その理由を深まるアメリカの「分断」だと語る。
「今は政治的な対立が多すぎて、政治に国を救おうとする姿勢が足りない。トランプ政権でも共和党は政権を維持することに忙しく、国民のためには闘ってくれなかった」
トランプ政権2期目が実現すれば、1期目の反省を生かして状況が良くなるとは思わないのか?――そう尋ねても、答えは悲観的だった。
「それは希望的観測に過ぎないだろうね。私はトランプが好きだが、次は投票しない。国が分裂してしまうからだ。トランプがもう一度勝てば、内戦になると思う。トランプが大統領選にもう一度勝つところを見たいとは思うが、それはアメリカにとって良いことではない」
「内戦」という物騒な言葉まで使いつつ、ラリーさんは、バイデン氏、トランプ氏は両方とも次期大統領選に出馬するべきではない、新顔同士が次期大統領を争うべきだと強調した。共和党の大統領候補として推すのは、超保守的な政策で知られるフロリダ州知事のデサンティス氏だと言う。
経済面でトランプ氏への根強い期待が残るラストベルト。一方で、その存在がアメリカの分断を深めるという危機感から「トランプ離れ」も起きている。ラストベルトの選挙結果は、トランプ氏の今後の影響力を大きく左右しそうだ。