防災現場に“自信”もち加わった女性たち…「余裕できるんだ」変化は男性にも <みなとBOUSAI女子会・久保井さんに聞く「バランスのよい防災」>
■ 「顔が⾒えるご近所関係」から広がるマンションの防災
東京・港区にあるマンション「三田シティハウス」。コロナ禍以前は、このマンションの集会室で月に一度、居住者が集まる「みんなのカフェ」が開かれていました。 参加者が持ち寄った花などで飾られたテーブルには、お菓子や飲み物が並べられ、思い思いにおしゃべりしたり、親の帰りを待つ子供が訪れたり。時には参加者が先生になって、手話や折り紙、マッサージなどの教室を開くこともあります。
そして傍らには、東京都が発行した防災ガイドブックやハザードマップなど、防災に関する資料が置かれます。実はこのカフェイベント、集合住宅には不可欠な“防災活動”でもあるのです。
このマンションでは防災委員会を設置し、防災士でもある委員長の久保井千勢さんを中心にコミュニティーを軸にした防災活動を⽬指しています。
「カフェで顔を合わせていくうちにお互いの家族構成や事情が分かり、『イザという時にはこう助け合おう』とイメージできるようになりました」と笑顔で話す久保井さん。居住者同士が「みんなのカフェ」や季節のイベントなどを通じて“顔が見える関係”になるにつれ、防災訓練に参加するなど協力的な人も増えていき、防災意識の裾野も広がっていったと実感しています。
■“女性目線”が加わることで、防災活動に起こった変化
久保井さんが大切にするもう1つのポイントは、「女性目線の防災」。女性目線での発想を“やわらかい”と表現しています。
「女性が防災活動に加わることによって、『隣のマンションがいいマニュアル持っているからマネしない?』とか、『苦手なものを押し付けても仕方ないし、適材適所でそれぞれの得意分野でやりましょう』とか、『楽しくないとやっぱり続かないよ』といったやわらかい意見が加わり、“硬いもの”と“やわらかいもの”のバランスが良くなってきたんじゃないかと感じています」
やわらかい考え方は、こんなところにも。このマンションでは、防災活動への関わり方は人によってさまざま。防災訓練やイベントは手伝う人や、「みんなのカフェ」には毎回行く人、英語が得意な人が防災のチラシを翻訳する人など、それぞれの得意分野を生かし、少しずつ力を出し合っています。
「『100%できる1人』より、『30%できる3人』に注目したい」 と話す久保井さん。毎月、会議に必ず参加するなど100%で取り組むことを求めるとハードルが高くなり、特定の人しか継続できなくなってしまいますが、『30%の力でいい』とハードルを下げることで、参加する人が増え、いざという時に助け合える人の数が増えていく――関わり方に幅をもたせることで参加しやすくなり、「被災した時には居住者全員で助け合えるマンション」へと変わっていきました。
■「みなとBOUSAI女子会」で、まず女性だけで活動したワケは…
防災士の資格を持つ人は全国に22万6120人。しかし、そのうち女性は3万9736人で、2割に満たない比率にとどまっています。(2022年2月末現在・日本防災士機構)
久保井さんも、今では会社員のかたわらマンションの防災委員長を務め、港区で防災に関する講座を運営するなど地域で積極的に活動していますが、最初は「女性としての課題に突き当たった」といいます。
マンションの管理組合で防災担当の理事になり、地域の防災活動に参加しはじめた当初は、防災活動のキャリアの長い人が主導権を握り、新しい人が意見を言いにくい雰囲気がありました。
さまざまな人の話を聞くうちに、長く男性社会だった防災の現場ではしばしば男性が中心となり、「女性には炊き出しや子供のケア担当を」といった一部の役割だけが期待され、中心的な役割には参画できていない構造が見えてきました。女性たちの側も「それ以外のことができない」「自分の話を聞いてもらえない」と自信をなくし、積極的に関われなくなっていたと、久保井さんは指摘します。
こうした状況を打破するために、久保井さんは港区防災課の協力を得ながら「みなとBOUSAI女子会」を立ち上げました。防災士の資格を取って3年以内の女性を集め、自信をもって地域での一歩を踏み出すためのサポートをしていこうと考えたのです。
会では、先輩の女性防災士や専門家の実体験や成功例を聞き、それをもとに他の参加者たちと対話を重ねます。なかには主婦の目線を生かした「発電機で焼きそばを作る方法」「実際に防災の備品を使ってみるイベント」「家にあるものでトイレを作るには」といった身近なアイデアが生まれることもあり、参加者は「私にも、何かできるかもしれない」と自信を持てるようになったといいます。
さらに会合で得たヒントをもとに、地元で防災チームを発足したり、セミナーを開催したり、防災マニュアルを作成するなど、実際の行動に移すことができるようになった例もあるということです。
■男性も女性も一緒に“柔軟性のある防災”を
こうした活動を4年ほど続けた久保井さん。女性が自信を持って防災に取り組む地盤は着実にできてきたと感じる一方で、受け入れ側の男性の認識の変化も、まだまだ必要であると感じています。
「これからの防災のためには、両面でやらなくてはいけないと思います。女性には自信をつけて『自分も参加しなきゃいけない』という課題意識を持ってもらうこと。そして、男性には“自分が皆を助けなきゃ”と背負ってしまわずに『女性にも参加してもらうことで余裕ができる』『女性がいると自分たちが目指す防災ができる』と気づいてもらうことですね」
久保井さんは昨年から、港区の男女平等参画センターで「みなとBOUSAIプログラム」を立ち上げ、男性も女性も参加できる場を設けています。プログラムに参加する男性には「防災委員のなり手が見つからない」「防災訓練の参加者が少ない」といった共通の悩みがあり、意見交換をしていく中で、「女性の目線も必要なんだ」と気づいてくれるといいます。
「マニュアルや組織といった“かたいもの”と、カフェや楽しめるイベントにするといった“やわらかいもの”、どちらも防災に重要な要素なんです。どちらか一方をないがしろにすると、バランスを崩して継続が難しくなったり、独りよがりの防災になったりしてしまいます。独りよがりになると賛同してくれる人が減って、防災力の向上にはつながりません。バランスが良くて柔軟性のある防災を、男性と女性、みんなで一緒にやっていけたら心強いですね」
【久保井千勢さん】
防災士5年目
三田シティハウス防災委員会委員長
みなとBOUSAI女子会リーダー