【全文】岸田首相 施政方針演説(前編)
【前編】※この記事はこちらです
1はじめに
2歴史の転換点
3防衛力の抜本的強化
4新しい資本主義
【後編】
5こども・子育て政策
6包摂的な経済社会づくり
7災害対応・復興支援
8新型コロナ
9外交・安全保障
10憲法改正
11政治の信頼
12おわりに
■1はじめに
第211回国会の開会にあたり、国政に臨む所信の一端を申し述べます。
先日の欧州・北米訪問の際、ある首脳から、「なぜ日本では、議会のことを、英語でparliamentではなく、Dietと呼ぶのか」と問われました。
確かに、ほとんどの国は、議会を英語でparliamentと呼ぶようです。
調べてみたところ、Dietの語源は、「集まる日」という意味を持つラテン語でした。
国民の負託を受けた我々議員が、まさに、本日、この議場に集まり、国会での議論がスタートいたします。
政治とは、慎重な議論と検討を積み重ね、その上に決断し、その決断について、国会の場に集まった国民の代表が議論をし、最終的に実行に移す、そうした営みです。
私は、多くの皆様の御協力の下、様々な議論を通じて、慎重の上にも慎重を期して検討し、それに基づいて決断した政府の方針や、決断を形にした予算案・法律案について、この国会の場において、国民の前で正々堂々議論をし、実行に移してまいります。
「検討」も「決断」も、そして「議論」も、全て重要であり必要です。
それらに等しく全力で取り組むことで、信頼と共感の政治を本年も進めてまいります。
■2歴史の転換点
近代日本にとって、大きな時代の転換点は2回ありました。明治維新と、その77年後の大戦の終戦です。そして、奇しくもそれから77年が経った今、我々は再び歴史の分岐点に立っています。
ロシアによるウクライナ侵略。
世界が堅持してきた「法の支配による国際平和秩序」への挑戦に対し、国連安保理は機能不全を露呈しました。
さらに、この機に乗じて、ロシアとの連携を強める国、エネルギーなどで実利を追う国、核ミサイル開発を進める主体など、国際平和秩序の弱体化があらわになっています。
そして、もはや待ったなしとなっているのが、深刻さを増す気候変動問題、感染症対策などの地球規模の課題、世界中で生じている格差問題など、広い意味での持続可能性の問題です。
不安定で脆弱なサプライチェーン、世界規模でのエネルギー・食料危機、さらには、人への投資不足など、世界の一体化と平和・繁栄をもたらすと信じられてきたグローバリゼーションの変質・変容も顕著です。
こうした現実を前に、今こそ、新たな方向に足を踏み出さなければならない。
これまでの時代の常識を捨て去り、強い覚悟と時代を見通すビジョンをもって、新たな時代にふさわしい、社会、経済、国際秩序を創り上げていかねばなりません。
先々週、G7議長として訪問した国、全ての首脳も、私と同様の認識を示しました。
日本は、5月の広島サミットの成功はもちろん、G7議長国として、強い責任感をもって、今年一年、世界を先導してまいります。
私は、皆さんと一緒に、この歴史の大きなうねりを乗り越え、次の世代に、この日本という国を着実に引き継いでいきます。
力を合わせ、共に、新時代の国づくり、安定した国際秩序づくりを進めていこうではありませんか。
■3防衛力の抜本的強化
そのために、今我々が直面する様々な難しい、先送りできない課題に、正面から愚直に向き合い、一つ一つ答えを出していく。
その強い覚悟で、昨年末、1年を超える時間をかけて議論し、検討を進め、新たな国家安全保障戦略などを策定いたしました。
まず優先されるべきは積極的な外交の展開です。
同時に、外交には、裏付けとなる防衛力が必要です。
戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に対峙していく中で、いざという時に、国民の命を守り抜けるのか、極めて現実的なシミュレーションを行った上で、十分な守りを再構築していくための防衛力の抜本的強化を具体化しました。
5年間で43兆円の防衛予算を確保し、相手に攻撃を思いとどまらせるための反撃能力の保有、南西地域の防衛体制の抜本強化、サイバー・宇宙など新領域への対応、装備の維持や弾薬の充実、海上保安庁と自衛隊の連携強化、防衛産業の基盤強化や装備移転の支援、研究開発成果の安全保障分野での積極的活用などを進めてまいります。
こうした取組は、将来にわたって維持・強化していかなければなりません。
そのためには、令和9年度以降、裏付けとなる毎年度4兆円の新たな安定財源が追加的に必要となります。
歳出改革、決算剰余金の活用、税外収入の確保などの行財政改革の努力を最大限行った上で、それでも足りない約4分の一については、将来世代に先送りすることなく、令和9年度に向けて、今を生きる我々が、将来世代への責任として対応してまいります。
今回の決断は、日本の安全保障政策の大転換ですが、憲法、国際法の範囲内で行うものであり、非核三原則や専守防衛の堅持、平和国家としての我が国としての歩みを、いささかも変えるものではないということを改めて明確に申し上げたいと思います。
■4新しい資本主義
(1)総論
世界のリーダーと対話を重ねる中で、多くの国が、新たな経済モデルを模索していることも強く感じました。それは、権威主義的国家からの挑戦に直面する中で、市場に任せるだけでなく、官と民が連携し、国家間の競争に勝ち抜くための、経済モデルです。
それは、労働コストや生産コストの安さのみを求めるのでなく、重要物資や重要技術を守り、強靱なサプライチェーンを維持する経済モデルです。
そして、それは、気候変動問題や格差など、これまでの経済システムが生み出した負の側面である、様々な社会課題を乗り越えるための経済モデルです。
私が進める「新しい資本主義」は、この世界共通の問題意識に基づくものです。
官民が連携し、社会課題を成長のエンジンへと転換し、社会課題の解決と経済成長を同時に実現する。
持続可能で、包摂的な経済社会を創り上げていきます。
新型コロナから、全面的に日常を取り戻そうとする今年、日本を、本格的な経済回復、そして、新たな経済成長の軌道に乗せていこうではありませんか。
(2)物価高対策
まずは、令和4年度第2次補正予算の早期執行など、足下の物価高に的確に対応します。
今後も、必要な政策対応に躊躇なく取り組んでまいります。
経済あっての財政であり、経済を立て直し、そして、財政健全化に向けて取り組みます。
(3)構造的な賃上げ
そして、企業が収益を上げて、労働者にその果実をしっかり分配し、消費が伸び、更なる経済成長が生まれる。
この好循環の鍵を握るのが、「賃上げ」です。
これまで着実に積み上げてきた経済成長の土台の上に、持続的に賃金が上がる「構造」を作り上げるため、労働市場改革を進めます。
まずは、足下で、物価上昇を超える賃上げが必要です。
政府は、経済成長のための投資と改革に、全力を挙げます。
公的セクターや、政府調達に参加する企業で働く方の賃金を引き上げます。
また、中小企業における賃上げ実現に向け、生産性向上、下請け取引の適正化、価格転嫁の促進、さらにはフリーランスの取引適正化といった対策も、一層強化します。
そして、その先に、多様な人材、意欲ある個人が、その能力を最大限活かして働くことが、企業の生産性を向上させ、更なる賃上げにつながる社会を創り、持続的な賃上げを実現していきます。
そのために、希望する非正規雇用の方の正規化に加え、リスキリングによる能力向上支援、日本型の職務給の確立、成長分野への円滑な労働移動を進めるという三位一体の労働市場改革を、働く人の立場に立って、加速します。
リスキリングについては、GX、DX、スタートアップなどの成長分野に関するスキルを重点的に支援するとともに、企業経由が中心となっている在職者向け支援を、個人への直接支援中心に見直します。
加えて、年齢や性別を問わず、リスキリングから転職まで一気通貫で支援する枠組みも作ります。
より長期的な目線での学び直しも支援します。
一方で、企業には、そうした個人を受け止める準備を進めていただきたい。
人材の獲得競争が激化する中、従来の年功賃金から、職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映される日本型の職務給へ移行することは、企業の成長のためにも急務です。
本年6月までに、日本企業に合った職務給の導入方法を類型化し、モデルをお示しします。
(4)投資と改革
賃上げとともに、成長と分配の好循環の鍵となるのが、投資と改革です。
その具体的な取組について、5点申し上げます。
第1に、GX、グリーントランスフォーメーションです。
戦争の武器としてエネルギー供給を利用したロシア。
国民生活の大きな混乱に見舞われた各国は、脱炭素と、エネルギー安定供給、そして、経済成長の3つを同時に実現する、「一石三鳥」の強かな戦略を動かし始めています。
日本のGXも、この3つの目的を実現するためのものです。
官民で、10年間、150兆円超の投資を引き出す「成長志向型カーボンプライシング」。
国による20兆円規模の先行投資の枠組みを新たに設けます。
徹底した省エネ、水素・アンモニアの社会実装、再エネ・原子力など脱炭素技術の研究開発などを支援していきます。
これは、国が複数年の計画を示し、予算のコミットを行い、予見可能性を高め、期待収益率を見通せるようにすることで、企業の投資を誘引していく、新しい資本主義が目指す官民連携の具体化です。
このための法案を今国会に提出いたします。
官民の持てる力を総動員し、GXという経済、社会、産業、地域の大変革に挑戦していきます。
エネルギーの安定供給に向けては、多様なエネルギー源を確保しなければなりません。
長年の懸案となっていた、北海道・本州間の送電線整備など再エネ最大限導入に向けた取組に加え、安全の確保と地域の理解を大前提として、廃炉となる原発の次世代革新炉への建て替えや、原発の運転期間の一定期間の延長を進めます。
また、国が前面に立って、最終処分事業を進めてまいります。
世界規模のエネルギー危機に直面し、アジアにおける現実的なエネルギートランジションの重要性がますます高まっています。
我が国は、昨年来提唱してきたアジア・ゼロエミッション構想を今春から具体化させ、アジアの脱炭素化を支援していきます。
第2に、DX、デジタルトランスフォーメーションです。
まず、強調したいのは、デジタル社会のパスポートであるマイナンバーカードです。
様々な工夫を重ね、昨年初めに、5500万件だった取得申請を、8500万件まで増やしました。
今や、運転免許証を大きく超え、日本で最も普及した本人確認のツールです。
このカードによって、運転免許証、各種国家資格の証明書などのデジタル化や、確定申告の際に、オンラインで医療費控除やふるさと納税の手続を完結することが可能となります。
医療面では、今後、スマートフォン一つあれば、診察券も保険証も持たずに、医療機関の受診や薬剤情報の確認ができるようになります。
さらには、学生証への利用、買い物時の年齢確認や、コンサートのチケット購入などでの活用も進み始めています。
本人確認が必要な、あらゆる公的・民間サービスを簡単・便利に利用できる社会を創るため、官民で取り組んでまいります。
アナログ規制の一括見直しにも取り組みます。
具体的には、オンライン上で、様々な行政手続を完結できるようにしたり、フロッピーディスクを指定して情報提出を求めていた規制を見直したりといった改革を、来年までの2年間で一気呵成に進めます。
4万件の法令を点検し、準備が整ったものについて、一斉に見直すための法案を今国会に提出します。
第3に、イノベーションです。
つい先日、日米の企業が共同開発し、世界で初めて、本格的なグローバル展開が期待される、アルツハイマー病の進行を抑える治療薬が、米国においてFDAの迅速承認を受けました。
日本発、世界初のイノベーションが、国境を越えて、認知症の方とその御家族に希望の光をもたらすことは、大変嬉しいことです。
こうしたニュースを次々にお届けできるよう、中長期的かつ国家戦略的な視点をもって、半導体、量子、AI、次世代通信技術、さらには、バイオ、宇宙、海洋。
戦略分野への研究開発投資を支援するとともに、イノベーションを阻む規制の改革に取り組みます。
社会のニーズに応じた理工系の学部再編や、若手研究者支援も進めます。
さらには、教職員の処遇見直しを通じた質の向上、教育の国際化、グローバル人材の育成に向け、日本人学生の海外派遣の拡大や、有望な留学生の受け入れを進めます。
2025年には、大阪・関西万博が開催されます。
空飛ぶ車など、未来社会の実験場として、イノベーティブで活力ある日本の姿を世界に向けて発信してまいります。
第4に、スタートアップの育成です。
5年でスタートアップへの投資額10倍増を目指し、卓越した才能を発掘・育成するプログラムの拡充や、研究開発ベンチャーへの資金供給の強化、欧米のトップクラス大学の誘致によるグローバルスタートアップキャンパス構想の実現、さらには、税制による大企業とスタートアップの協業によるオープンイノベーション支援に取り組みます。
また、創業時に、経営者保証に頼らない資金調達ができるよう、新たな信用保証制度を創設します。
さらに、世界に伍する高度人材の新たな受け入れのための制度を創設するなど、外国人材が活躍できる環境整備も行います。
今は、日本経済を牽引する大企業も、かつては、戦後創業の「スタートアップ」でした。
戦後の創業期に次ぐ、第2の創業ブームを実現し、未来の日本経済を牽引するような企業を生み出していきます。
第5に、資産所得倍増プランです。
長年の懸案である「貯蓄から投資へ」の流れを実現できれば、家計の金融資産所得の拡大と、成長資金の供給拡大により、成長と資産所得の好循環を実現できる。
そう考え、NISAの抜本的拡充や、恒久化を実現し、5年間でNISAの総口座数と、買付額を倍増させることにしました。
国家戦略として資産形成の支援に取り組み、長期的には、資産運用収入そのものの倍増も見据えて対応してまいります。
今こそ、これらの政策を力強く、実行していこうではありませんか。
(後編につづく)