パンダやゾウ・ツル・馬… 皇室と国際親善を担った動物たち【皇室 a Moment】
■皇室とパンダのつながりはブームの前から
――上皇后さまに抱っこされているのは今の天皇陛下でしょうか?
はい。生後約7か月の浩宮さま、今の天皇陛下です。ご一家の団らんの様子ですが、注目はソファの右端に置かれているパンダの“ぬいぐるみ”です。
1959年4月、上皇后さまはご結婚に際してパンダの大きな“ぬいぐるみ”を持参されました。引っ越しのトラックにでんと乗せられて東宮仮御所にやって来て、それに気付かれた上皇さまが抱っこして部屋に運び、ソファに座らせたというエピソードがあるのですが、この“ぬいぐるみ”がおそらくそのパンダだと思われます。
一方、こちらはその9年後の軽井沢での映像です。ここにも先ほどのとは違う、3頭のパンダのぬいぐるみが見えます。パンダが日本に初めてやってくるのは1972年ですから、いずれもまだ日本でパンダになじみがなかった時代の映像です。
はい、そういうことになりますね。2月、上野動物園のシャンシャンなど4頭が多くの日本人に惜しまれながら中国に返還されましたが、昭和、平成、令和の天皇ご一家は、パンダと“関わり”がありました。
――きょうは上野動物園のパンダをはじめ、国際親善を担った動物と皇室の関わりに井上さんとともにスポットを当てたいと思います。
■パンダ来日の前年に見ていた昭和天皇
まずはパンダです。井上さん、パンダが日本に初めてやってきたのは50年あまり前ですよね。
1972年10月、日中の国交が正常化し、中国から「カンカン」と「ランラン」が上野動物園にやってきて、大変な“パンダブーム”が起こります。公開初日は、上野の山に1キロを超す長い行列ができました。
――今も人気ですけど、当時は初めてですから、すごい列ですね!
徹夜組も出て、この日に見に来た人はおよそ1万8千人に上ったそうです。カンカンもランランも“パンダ大使”として日中友好を担い、ぬいぐるみは人気となりました。
――皇室の方々がパンダをご覧になるのは、2頭が上野動物園に来た後ということになるんでしょうか?
実はその1年前に昭和天皇はパンダを見ています。
――え、そうなんですか!? どちらでご覧になったんですか?
1971年、昭和天皇は、天皇として初めて香淳皇后と外国を訪問しましたが、イギリスでは自らの希望で、ロンドン動物園を訪れ、初めてパンダを見ています。「チーチー」というメスで、当時、アジア以外ではロンドンとモスクワにしかいなかった珍しい動物だったそうです。昭和天皇が手すりを握って身を乗り出しているのが印象的です。「あのササの種類は?」など次々と質問を浴びせ、10分の予定が7分も延びたそうです。
――珍しい動物へのご関心というのがよくわかりますね。
旅行中の珍しい笑顔と言っていいんじゃないでしょうか。昭和天皇は帰国後この思い出を和歌にも詠んだほどです。それがこちらです。
「かねてよりの 訪(と)はむ思ひの かなひたり けふはロンドンに 大パンダみつ」
――ずっと希望されていたわけですね。思いがすごく伝わってくる歌ですね。
パンダが日本に来てから1年あまりたった1973年11月、昭和天皇は香淳皇后と上野動物園を訪ねます。飼育係は「来年あたり結婚させたい」と説明し、「90グラムから100グラムの小さな子どもが生まれます」と聞いた香淳皇后は「それはかわいいでしょうね」と笑顔を見せました。この時、動物園は熱心なお二人にパンダ舎の中の寝室や治療室、産室まで見せています。
昭和天皇はこの日のことも歌に詠んでいます。
「ロンドンの 旅おもひつつ 大パンダ 上野の園に けふ見つるかな」
「ジャイアントパンダ」を「大パンダ」と記しているところに、パンダが珍しかった時代の雰囲気が感じられます。
――昭和天皇が大パンダを題材に歌を2首も詠んでいるというのを初めて知り、びっくりしました。
当時の飼育係の中川志郎さんへのインタビューが残っています。
中川志郎さん
「陛下はパンダのことをすごく気遣っておられて、パンダは大丈夫でしょうかということを何回もお尋ねになったんですよ。落ち着いてますでしょうかと。その時に僕は、生物学に堪能な陛下ならではだなというふうに思ったのは、パンダの笹を持つ手の強さを驚かれておっしゃっていたのを思い出します」
■ご家族で、遠足で…上野動物園と皇室のつながり
また上皇ご夫妻も、皇太子時代の1982年に、上野動物園を訪れた時にパンダをご覧になっています。この頃いたのはメスのホアンホアンです。
2006年3月には、今の天皇皇后両陛下が幼稚園入園直前の4歳の愛子さまを連れ上野動物園を訪問されています。この時はオスのジャイアントパンダ、リンリンをご覧になっていますが、残念ながらこの時の映像はありません。
――こう見ていますとたくさんのパンダが映っていて、上野動物園はその時々で皇室の方々と関わりがあるんですね。
実は、上野動物園は昭和天皇ゆかりの動物園です。1882(明治15)年に農商務省が所管する博物館の附属動物園として開園し、宮内省の所管となりましたが、1924(大正13)年、昭和天皇と香淳皇后のご成婚で東京市に下賜されました。正式な名称は「東京都恩賜上野動物園」で、お二人の結婚の記憶につながる場所なんですね。
天皇陛下も幼い頃から、遠足や家族の団らんでたびたび訪問されています。
同級生と「おサルの電車」に乗られているのは浩宮時代、当時5歳の陛下です。この時、学習院幼稚園の遠足で上野動物園を訪れ、自分でエサを買い、恐る恐るエサをヤギに与えられる様子をカメラがとらえていました。
また2年後、7歳になった陛下が学習院初等科の遠足で訪問されたのもやはり上野動物園でした。この時はゾウがそばに寄ってきて喜んで手をたたかれる姿も見られました。
――こんなにゾウが当時近くで触れられたんですね。
柵から出て園内を回っていた珍しい映像ですね。
翌年、上皇ご夫妻は当時7歳の天皇陛下、2歳の秋篠宮さまを連れ、上野動物園でご一家のひとときを楽しまれます。この時もご家族で「おサルの電車」に乗られています。
――ご家族でぎゅっと一緒に乗られていて、仲むつまじい様子が分かりますね。
陛下と秋篠宮さまはお二人でロバにも乗られました。
――こうして見ますと、幼い天皇陛下は、ご成長の節目でさまざまな動物と上野動物園で関わられていたんですね。
はい。さらに、この上野動物園は、皇室の国際親善にとっても大切な場所です。
■国際親善に重要な役割を担った上野動物園
昭和天皇は1982年、開園100周年で上野動物園を訪ねた折、1羽のオオカナダヅルに接しています。1975年のアメリカ訪問の際、フォード大統領から日本の人たちに贈られたオオカナダヅルのつがいから生まれたヒナです。地面に置かれたエサ箱を取り上げ、自ら与えているのが珍しいですね。優しい眼差しです。
――今度はツルですか。しかも昭和天皇が自らエサを与えられている、貴重なシーンですね。
■皇室の“国際親善”とゾウ…愛子さまのお祝いも
――他にも国際親善を担った動物はいるんでしょうか?
その前の年の1964年、ご夫妻がタイを訪問された折、「タイ王国日本留学生会」から日本の子ども達にと贈られたのがこのメナムで、上野動物園で飼育されることになりました。メナムは長生きし、2002年38歳で死ぬまで、上野動物園の人気者として多くの人に愛されました。
――メナムも国際親善の役割を全うしたんですね。
愛子さまの誕生のお祝いに贈られたゾウもいます。それが愛子さまの誕生翌年の2002年、タイからやってきた「アティ」と「ウタイ」です。アティは「太陽」、ウタイは「日の出」の意味だそうです。アティは2020年に死にましたが、その年10月末に2世の「アルン」が誕生しました。
アルンは「夜明け」という意味で、上野動物園の開園以来140年の歴史で、初めて生まれたゾウでした。アルンがお披露目されたのは2020年12月1日で、ちょうど愛子さま19歳の誕生日でした。宮内庁は、愛子さまは子象の誕生を両陛下とともに喜び、会える日を楽しみにされていることを明らかにしました。
■上皇ご夫妻は記念写真、天皇陛下は背中に…ゾウとの名場面
ゾウはなにかと皇室とゆかりの深い動物です。こちらは1983年、アフリカ訪問中の上皇ご夫妻の映像です。タンザニアの自然保護区を訪れ、野生動物を観察するサファリを楽しまれました。
上皇さま「ゾウと一緒に、みぃ、できるかな?ここにこう立ってみたらダメ?」
上皇后さま「じゃあ一緒に入ってくださらない?誰かに撮ってもらいましょう」
上皇さま「じゃあお願いします」「これ入りますか? ゾウは?」
――上皇ご夫妻も私たちと変わらないですね。一緒に撮ろうって。
昭和天皇がパンダに夢中になっていた姿と重なります。
――お二人の仲むつまじい様子と自然体で接せられている様子がいいですね。
一方、天皇陛下もネパールの自然保護区を訪れたとき、ゾウの背中に乗って広い公園内を回られています。ゾウと一緒に草原をめぐり、川を渡り、なかなか本格的なゾウツアーに陛下も笑顔を見せられました。
――映像で見ますとかなり天皇陛下も揺られています。
かなり位置が高いんだと思います。高くて揺れて、なかなか怖かったんじゃないかなと思います。
■“馬”と天皇ご一家…愛子さまとの絆も
“友好の印”として贈られた動物では「馬」も忘れられません。皇太子ご夫妻時代の両陛下が1994年の中東訪問の折、オマーンのカブース前国王から贈られたアラブ純血種の馬「アハージージュ」がいます。その名前は「歓びの歌」という意味です。
ご夫妻は「アハージージュ」がやってくると皇居で再会し、1997年6月にはその子ども豊歓(とよよし)もご覧になっています。この豊歓は、2021年5月、高齢になって御料牧場に移される時に、愛子さまが別れを告げに出向かれたことでも注目されました。
――皇室の方々は乗馬もされるんですか?
はい、上皇さまは学生時代、馬術部に入り熱心に乗馬に取り組まれましたが、お子さまたちも幼い頃から乗馬に親しまれてきました。こちらの映像は、16歳の天皇陛下、11歳直前の秋篠宮さま、7歳の黒田清子さんがご両親と乗馬をされる様子です。
――ご一家で乗馬に親しまれている姿は貴重ですね。素敵な映像です。
そして動物が大好きな愛子さまも、小さい頃からポニーに乗るなど乗馬に親しまれてきました。5歳の誕生日にこちらの乗馬の映像が公開されました。その後、先に紹介したアハージージュの子、豊歓にもたびたび乗られています。
去年12月、愛子さまの21歳の誕生日に公開された映像は、愛子さまが優しい眼差しで馬たちにニンジンをあげるシーンが印象的でした。上野動物園のゾウのアルンとの対面の時も、きっと同じような優しい眼差しを見せられるでしょうから、その日が一日も早くきたらいいな、と思います。
――ここまで見ますと、皇室の方々が動物と触れ合われる時のお姿がすごく自然体で、どこか私たちと同じ気持ちで接していらっしゃるんだなと、とても温かい気持ちになりますし、上野動物園に行けばその動物に会えるということで、私たちも思いを一緒にはせることが出来ますよね。
【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)。