“帰還”への思い 鎌田さんが福島を訪問
キーワードでニュースを読み解く「every.キーワード」。3日は、「“帰還”への思い」をテーマに、諏訪中央病院の名誉院長・鎌田實さんが解説する。
■福島・避難指示区域を訪問
鎌田さんは先月、福島第一原発から20キロ圏内にある南相馬市小高区と浪江町を訪問した。どちらも一時的に立ち入りはできるものの、現在、住民の帰還は許されていない地域だ。
南相馬市小高区はほとんどが避難指示解除準備区域で、一部を除いた地域では来年4月の帰還開始を予定している。そして浪江町は、帰還困難区域を除いた地域で再来年3月ごろの帰還を想定しているが、除染が進んでおらず見通しは不透明。
鎌田さんは、それぞれの町の人に帰還への思いを聞いてきた。
■浪江町の請戸漁港を再訪
まず、鎌田さんが向かったのは浪江町の請戸漁港。この請戸は、震災のあった年の6月、鎌田さんが復旧作業にあたる人たちの健康状態を診るため訪れていた。
鎌田さん「当時は逃げたままで漁船や車や家が流されたままの状況で、いま、車や漁船は全部排除されましたけど、家はこれから復興していこうというところです」
■帰還へ…住民の揺れる思い
現在、請戸漁港では住民帰還に向けて、防波堤の修復工事などが徐々に進んでいる。ただ、先月発表された、浪江町に住んでいた人を対象にした意識調査では、帰還について17.8%の人が「すぐに、いずれ戻りたいと考えている」と答えたものの、47.8%の人が「戻らないと決めている」と答えた。また、「まだ判断がつかない」と答えた人も31.5%に上った。
元浪江町の住民で現在、南相馬市に移り住んだ根本チヨ子さん(67)は…。
根本さん「家に一時帰宅で帰るんですけど、周りも劣化して、家も劣化してしまって本当に悲しいことなんですけれども」
鎌田さん「悲しい?」
根本さん「悲しいですね」
鎌田さん「本当は浪江に帰りたい?」
根本さん「帰りたかったです、本当に。兄弟もみんな近くにいたんです。けれどもバラバラになってしまいました」
根本さん夫妻は、浪江町の復興がなかなか進まないこともあって新たな土地での生活を選んだという。
■住民帰還への準備が進む「南相馬市小高区」
浪江町から北におよそ10キロ、来年4月の住民帰還を目指す、南相馬市小高区。この小高区には、震災後、食料品などを売る商店がなかったが、今年9月、弁当などの食料品をそろえた商店が開店するなど、徐々に“住民帰還への準備”が進んでいる。
小高区に住んでいた人は、帰還に向けてどんな思いでいるのか、小高区の住民が多く暮らし、鎌田さんも以前から支援している鹿島区の絆診療所を訪れた。
仮設住宅から診療所に通う、小高区の元住民・紺野安重さん(80)夫妻は…。
紺野さん「(避難指示が)解除になれば、仮設住宅にいつまでもいられない。帰るほかない」
鎌田さん「解除になったら、子供や孫も小高へ?」
紺野さんの妻・光子さん(79)「たぶん行くと思いますけど」
紺野さん「やっぱりみんなまとまらないと帰りたくない」
鎌田さん「今回話を聞いた小高区の人は、家を修復し帰る準備は整っているが、子どもや孫が本当に一緒に帰ってくれるのか不安な様子だった。ただ、いまは仮設暮らしだから帰るしかないと、選択肢がないと話した」
■人生の選択ができるように…。
きょう一番伝えたいことは、「人生の選択ができるように」です。お子さんを持ってる若い世代の中には、帰りたいけど、帰らない、と判断し、新たな場所に移り住む人も多くいる。お年寄りたちは迷いながらも帰りたい。それぞれが、今回の震災と原発事故を契機に、厳しい苦渋の決断を迫られている状況だ。
できるだけ環境を整備して、それぞれの人生の選択ができるようにしてあげられたらと思う。