「性的いたずら」という言葉で自身の被害を小さく考えていた…評論家・荻上チキさんに聞く【こども・若者の性被害をなくそう】
こども・若者の性被害防止への関心が高まっている。7月26日、こども家庭庁などが「緊急対策パッケージ」をとりまとめたが、この会議に有識者として参加し、自身の性被害についてもヒアリングで述べた評論家の荻上チキさんに、ジャニーズ事務所をめぐる問題、男性・男児の性被害や文化芸術分野のハラスメントなどの現状・課題について聞いた。
【男性・男児の性被害について】
■誤解が生む二次加害
■いたずら?被害を軽視してしまうワケ
私自身が自分の被害について語れるようになったのは、世界で#Me Tooの運動があった、性加害・性被害に向き合うことが社会的に必要だと言われていたタイミングでした。性暴力被害について訴え、オープンにしている友人に、「私自身もこどもの頃に“性的いたずら“を受けたことがある、しかし1回の被害だったので、それをオープンにすることが被害の矮小化にならないか」と相談したのです。そのときに「“性的いたずら“という言葉で自分の被害を矮小化しないでほしい」「1回しか受けていないという言い方で矮小化しないで良い」「被害を受けたならば、それはまごうことなき被害なのだ」と言われ、それにより自分が大きな気づきを得たということがありました。自分自身もこれまで被害というものを矮小化、軽視していたところがあるのです。
これにはいくつかの理由があります。一つはそれまで性的知識が不足していたということ。それから“性的いたずら“という言葉が性暴力を矮小化し、大したことないもののようにする言葉として流通していたこと。とりわけ男性から男性に対する被害については、これまで芸能界も含めて、冗談のような扱いをされてきました。例えばお笑いの番組などでは、男性が男性を襲うような場面を笑いにしてきました。こうした中で、特定の関係性にある周囲の人がそれをネタとして語ることによって、冗談なのか本気なのかわからなくなり、本当に被害が存在していたとしても、それを冗談にしていいようなことなんだ、とする風土をつくっていたと思います。つまり性暴力自体を矮小化していたこと。男性の同性愛について笑いに変えるような雰囲気があったこと。性教育そのものが非常に不足をしていたことなど、いろんな理由が重なっていたかなと思います。
■お前が悪い!被害者を苦しめる性暴力神話
レイプ神話、性暴力神話という、女性に向けたもの、男性に向けたもの、両方の神話があります。両方に共通しているのは、男性は常に性欲に飢えている存在だということ。そして、そうした相手に警戒しなかったのが悪いというのが、女性に向けられたレイプ神話です。そのような男性のことを知らずに警戒を解いてしまったお前が悪いのだと。しかし、これは男性の性暴力被害者にも向けられる神話なのです。つまり男性が性暴力を受けたとしても、それに対して体が反応したり、あるいは一定程度の快楽を得たのであれば、それは暴力ではないだろう、それはただのラッキーな、あるいは良くなかったセックスに過ぎないというようなものです。しばしばあるこうした反応は、本当に多くの当事者を苦しめていると思います。
■男性の性被害の今までとこれから
特に二つ不足していると思うことがあり、一つは性教育です。私が被害を受けたのは10代の前半でした。その時、性教育というのはとても乏しく、いわんや同性間での性被害というものは想定もしていないことだったんですね。そうしたことについて、身を守るための知識としても伝えていくこと、これ自体がとても重要かと思います。また、性的マイノリティーを含めた様々なジェンダー当事者に関する教育や意識の共有というのも不可欠かと思います。これまで様々なものが語られてこなかったことによって、いないようにされてきた。そうするとその被害について語ることも、とても難しい状況があるわけですね。ですのでそうした現実、これまでどんな言葉を社会が共有してきてしまったのか、そのことを振り返っていくことが必要かと思います。
【文化芸術分野での性被害】
■アンバランスな権力関係
関係府省会議でのヒアリングでは、とりわけ私が重視し、レクチャリングハラスメントと呼んでいる指導の場面でのハラスメント、それから指導を装ったハラスメントへの対処を行う必要があるとお話してきました。レクチャリングハラスメントという点でいうと、やはり師とする側が、指導される側に対して、様々なハラスメントを行うというのが、いろいろな現場で横行しています。例えば私が調査した表現の現場ですと、映像制作、演劇、アート、漫画、小説。いろいろな分野でそうしたハラスメントは起きるんですね。ただこれは表現分野に限らず、例えば習い事、部活動、学校、そして会社でも上司部下の関係、いろいろな場面で、レクチャーを装ったハラスメントやレクチャーの場面で起こるハラスメントは存在します。そうしたレクチャー、要は指導する・されるという関係自体が、非常にアンバランスな権力関係を持っていて、そうした中で一方的な加害が行われやすいのだということは認識することが必要だと思います。
それに加え、芸能界や表現の現場の一つの特色は、例えば会社でのハラスメントなどの場合、会社の中での人間関係によって生じ得るのですが、業界などによっては、会社に所属するというより、業界に所属するという感覚があったりするんですね。芸能界はまさにその象徴だと思います。芸能界の中に所属しているので、仮にある事務所が嫌で、別の事務所に移ろうとしても、ある種のハラスメントがついてくるとか、ある種の構造的な権力関係は残っているというようなことがあったりします。なので、レクチャリングハラスメントについて考える場合は、個別の行為だけではなくて、そのハラスメントをつくり上げるような構造に目を向けることが必要かなと思っています。
■業界内で声をあげる難しさ
例えば自分にハラスメントをしてる人が、自分の作品を評価する、あるいは自分の今後の仕事を提供する、あるいは自分の今後の仕事を提供する人たちとつながっている、あるいは周りの人たちが既にその人を評価していて、その人のことを否定的に言うと周りの人たちも自分に対して反発したり、自己防衛したりする。そうしたことが予測できるからこそ、声をあげるのはとても難しいことになるわけですね。ですので、そうしたハラスメントが起き得る。起こったときにどうすればいいのかと、起こったときの対処法、この双方を検討していくことが必要かなと思います。
【こども・若者を守るために】
■嫌だと思ったことはとても大事
まずは事前の情報として、「合意」と「境界」というこの二つがキーワードになるか思います。自分の体や自分の心などについて、他人に委ねるか否かというのは、自分と相手の合意で決まると。なので、自分が合意だと思っていないものについては、NOと言っていいんだ、ということですね。そしてもう一つは境界です。NOと言えない相手なども存在しますし、自分がどれだけNOと言っても聞いてくれない人もいるわけですね。そうした人が、自分の心や体の境界線に無理やり入って行為をする。無理やり入ってこようとする行為は、それ自体が暴力であったり、ハラスメントであったりするのだと。だからあなたが嫌だと思ったことはとても大事なんだっていうことを伝えていくことはとても重要です。
ただし、これはこどもに自己防衛しろということを伝えるものでは全くありません。そのようにNOだと思ったときに、必ずそれに対して反応してくれる大人がいる、守ってくれる大人がいる。そうした信頼を培うことが大事なんですね。そして、実際にそうした反応ができる社会が必要になってくるわけです。相談したけれども、対応してくれなかった。相談したけれども信じてくれなかった。二次被害を受けた、あるいは無視された。そういった体験をしてしまうと非常に大きな問題になります。
またしばしば起こるのが、信頼した相手に自分の性体験を開示すると、その相手が今度は新しい加害者になるということもあるわけですね。つまりそのことを相談することによって、この人には付け込む余地があるのだというような格好で、新たな被害を受けるということも想像できるわけです。なので、相談機関があるということを周知徹底すること。そしてそういった相談機関を拡充し、その役割の中で、初動、つまりファーストエイド、最初の対応の中でどういったことが必要なのか、そうした知識も共有することが必要かなと思います。
■相談窓口の周知と拡充を
性暴力のワンストップセンター、児童虐待に対応するような児童相談所、共通番号などの周知徹底と拡充が必要です。例えば110番や119番などについては、ほとんどの方が知っていると思うんですけど、189(児童相談所虐待対応ダイヤル)であるとか、#8891(性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターにつながる電話番号。通話料無料。はやくワンストップ )、こういったワンストップ番号というのは、もうちょっと認知が必要だと思うんですよね。そうしたことも、こどものうちから伝えていくと同時に周囲の大人にも伝えていく。
人は自分が何か対処できない出来事が目の前に起きると、それは自分の無力さでも、社会の不確実さや不十分さでもなく、相手に責任があったのだと矮小化して、被害者を非難するというような防衛心理が働くと言われています。しかし一方で、具体的に助ける手段があったならば、相手を非難するのではなく、まずはその手段を試してみることで、人は自分自身も守ることができるということがあります。つまり、二次加害を行ってしまう環境もとても問題ですが、二次加害が起きやすい状況をつくっているこの社会も見直すことが必要で、ワンストップセンターなどの拡充は急務だと思いますね。
■国は?社会は?
今回の(ジャニーズ事務所の)ケースが象徴するように、新たな立法事実にしなくてはいけない点というのはあるでしょう。これまで多くの性暴力というのは、既に関係性がある顔見知りから、それも言葉巧みに、あるいは抗拒不能、要は抵抗することが難しい状況の中で、1対1に持ち込まれて受けるケースが非常にメジャーなところです。しかしながら、特定の組織や企業などが、企業ぐるみでそうしたことが起きやすい環境をつくり続けていた。また、それを隠蔽、あるいはスルーし続けていた状況については、一企業だけの問題ではなく、そうした企業風土を温存したことに何かしらの対処が必要だろうと。立法や行政で何ができるのか、このことの検討はとても必要だと思います。
そして、全ての性暴力について言えることですが、やはり被害者を非難・攻撃する、こうした風土を止める。まずは被害者に対して攻撃をしないということは多くの人に知ってほしいなと思います。それに加えて、やはりなんといっても、社会としての対応、国としての対応。こうした被害がまずは存在しているのだという実態調査と、被害者に対してどのような対応ができるのかという相談窓口の設置。そしてそうした集団、風土などをつくり上げるようなところに対して、適切に介入、指導していくような状況。これらが必要になってくるのかなと思います。
■透明性ある業界改革を
通告義務に関連しては、広く相談窓口を設置し、そちらに案内をするということ自体はとても重要だと思います。また業界としての自浄作用として、自主的な調査などを行っていったり、アンケートをしたり、あるいは相談のできるような組合などをつくっていくことも重要かと思います。本件などの重大な性暴力やハラスメントなどが持続的に起こっていたことが想定されるような場合ですと、一定程度、例えば半年や1年に一度、雇用されている従業員・スタッフなどに対して、個別にアンケートをとり、それを公表するというような、対策の進捗状況の公的化というものも検討に値するとは思うんですよね。あらゆる企業に同様のルールを適用することは難しいかもしれませんが、暴力などの浸透状況が極めて深刻にもかかわらず、国が解散を要求することなどは難しい状況という場合に、透明性レポートの提出を求めるような動きはあってもいいのかなとは思いますね。
今ですと(ジャニーズ事務所が)第三者委員会を設置して対応する。これ自体はとても重要なんですが、この第三者という言葉が、非常に曖昧に使われてるところがあるわけですね。結局は企業が雇った弁護士や第三者なので、当事者に近しいような存在になり得るのか。こうした疑念というのは、必ず湧いてくることになります。だとするならば、一定の公的サポートを得た上で、第三者として適切に呼べる方のチェックのもと、透明性レポートなどをチェックしたり、義務づけをする。こうした議論も今後必要になるかもしれないですね。