「体の感覚と記憶がなくなって…」性暴力を受けPTSDに...20代被害女性を支えたもの【こども・若者の性被害をなくそう】
ある20代女性は自宅に侵入した見知らぬ男によって性暴力を受けた。その瞬間、体の感覚がなくなったという。男は、女性の裸の動画を撮影し、「会社を知っている、誰かに言ったら動画を会社に流す」と脅した。女性は被害直後の1時間、何をしていたか記憶がない。その後、力を振り絞って、男の特徴や何が起きたかを必死に思い出して記録し、恐怖の中、その日のうちに病院へ。PTSDにも苦しんだ女性を支えたものとは?
■“性暴力”見知らぬ男が部屋の中に…自分を守るために体が凍り付く
卜田素代香さん(20代)は、数年前、1人暮らしをしていた自宅に侵入した見知らぬ男によって性暴力を受けた。深夜2時半頃、就寝中に玄関の方向からの物音で目が覚めた卜田さん。「誰かが入ってくるかもしれない」、恐怖の中、寝室の扉を閉めようとした。しかし、扉をあけようとする男の力は強く、扉は外れてしまい、卜田さんは口をふさがれた。
突然の出来事に驚き、動揺する卜田さんに対して、男は「静かにして」、「おとなしくしていたら怖いことしないから」などと言い、性行為を強要したという。
「私はずっと殺されるかもしれないと思っていた、自分を守るために、その場をなんとか生きるだけのために、体は勝手にいらないものを停止させていた感じ」と卜田さんは話す。性被害に遭っている状況では、体の感覚がなく、男による脅しや、死への恐怖で抵抗することができなかったと、当時を振り返り心境を話してくれた。
■数々の脅し、悪質な性加害の実態…
自宅に侵入した男は、「誰か呼んでいない?」と卜田さんの携帯電話の発信履歴などを確認してから、性行為を強要。「怖いことはしないから、体だけ貸してくれればいいよ」などの言葉を浴びせた。さらに、卜田さんの裸の動画を撮影すると、「会社を知っている、誰かに言ったら動画を会社に流す」などと言い、「外で見張っている。誰かを呼んだら分かる」など、助けを呼ぶことを阻止させるような言葉を言い残して、侵入から約2時間後に立ち去った。
男が自宅を出てから1時間以上の間、卜田さんは自分が何をしていたのか覚えておらず、気がついたら時間が経過していたという。ただ、男による脅しによって『警察には絶対言ったらいけないんだ、警察に言ったら自分の身が危ないんだ』そういった感情があった。
■私は“性暴力の被害に遭ったんだ”…覚えていることを全て書き残そう
男が立ち去ってしばらくし、卜田さんは今覚えていることを“きちんと残そう”と携帯電話のメールに、思い出せる限りのことを書き記した。時系列に並び替えたり、見知らぬ男の特徴を書いたり、男と争って外れた引き戸などの写真も撮った。
性暴力という思い出したくないような被害にあったにもかかわらず、メモを残すことにした経緯について、「本当にまったく知らない人からの被害だったことが大きい」「すぐにこれは性暴力の被害に遭ったんだ、と認識をすることができたし、“自分は何も悪くない”ということを分かっていた」と話す。そして「自分が受けた性暴力をなかったことにしたら、それもすごく怖いこと」と当時の苦しい思いを話してくれた。
1時間以上をかけ、性暴力について書き出したあと、卜田さんはパートナーや、家族、身近な人の声が聞きたくなったという。
しかし、立ち去る男に脅されている。『盗聴器が仕掛けられていたらどうしよう』『ずっと見張られているんじゃないか』といった恐怖の中、自宅の中のトイレに閉じこもり、小声でパートナーに電話をかけた。
■“強姦された”と言うと、母は今まで聞いたことのない声で泣き崩れた
性被害にあった家にこのまま滞在することに恐怖を感じた卜田さんは、家族へ連絡し、実家に帰ることにした。どこで見張られているのかも分からない、男に怯えながらも、パートナーと電話をつないだまま、新型コロナ流行以前の暑い時期だったにもかかわらず、マスクを着けて実家への道を急いだ。
その日は休日で、家族はリビングにいた。卜田さんは、「昨日の夜、知らない人が家に入ってきて・・・」と話し始めた。家族からの「何もされなかったの?」という問いに対し「強姦された」と答えた。その瞬間、母は今まで聞いたことのないような声をあげ泣き崩れ、父は静かに事態を受け止めたという。
卜田さんは、恐怖から、家族にも「警察には言わないで」「お願いだから勝手に動かないで」と懇願していた。しかし、家族は卜田さんが知らない間に近くの警察に相談し、対応方法を尋ねていたことを卜田さんは後に知る。
新社会人として働き始めたばかりの娘を襲った見知らぬ男。両親のショック、怒りは計り知れない。
■『私は意思をもった大事にされる存在』被害後すぐに病院を受診する重要性
被害にあったその日に病院を受診した卜田さん。大学在籍時にジェンダーなどを研究してきた中で性暴力の知識もあった。だからこそ、性犯罪・性暴力の被害者が相談できる《性犯罪・性暴力被害者ワンストップ支援センター》へ連絡し、指示を仰ぐことができた。このセンターは、病院や警察などへの付き添いや精神的ケアなどをおこなっている。
性被害を受けた後、大きな恐怖の中でも、いち早く行動できた理由について、卜田さんは『私は悪くない、自分は意思を持った大切にされるべき存在だという意識を持つことができていた』からだと当時を振り返る。
その上で、「私はたまたま相手が知らない人間で突然襲われるという、誰が見てもわかりやすい被害だったので、すぐに被害認識をすることができた、だから早い段階でカウンセリングを受けられたし、治療を受けることができて、回復に良い影響があったのでは」と話している。
■性暴力の被害がもたらしたPTSD(心的外傷後ストレス障害)
卜田さんは性暴力の被害に遭ってから、当時1人で住んでいた家にはまともに帰っていない。勤めていた会社も休職し、その後退職している。夜に眠れないことも多かったという。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された当時の症状について、「いきなり嫌なことを思い出したり、自分が生きている社会や世界への信頼感がなくなってしまったりするトラウマ体験。またいきなり襲われるんじゃないかという感覚になってしまう」と話してくれた。
治療の中で、『眠れない症状は、体がまだずっと緊張状態にあって危険に備えなきゃいけないと思い込んでいる状態、ここは安全な場所、自分はもう大丈夫ということを繰り返し覚えていけば絶対に治るから』『PTSDはきちんと治療すれば治るものだからね』とカウンセリングの先生に言われ、すこしずつ時間をかけて回復していったという。
死を考えるほどの恐怖を感じた性暴力被害、卜田さんに限らず、性被害を受けた人は、長期的な心の傷を負い、様々な心身症状に苦しめられることも多い。PTSDはその代表的な症状だ。「自分の体に起きていることが分からず、自分がおかしくなっているのはつらい、自分の体に起きていることを丁寧に理解していくこと、その理由が分かることが大事だったんだな」当時を振り返り、卜田さんはそう教えてくれた。
■“身近な人”に傷つけられることだって珍しくない、『当事者ではなく周囲の人にこそ伝えたい』
見知らぬ男からの性暴力について、家族やパートナーに相談し、専門機関による治療を受けることができた卜田さんだが、「人によっては本当に身近な人によって傷つけられることも珍しくない」と自身以外の性暴力に対しても、思いを伝えてくれた。
「被害に遭った人に対して『勇気をもって話しましょう』ということはできない。だから“性暴力の被害にあった人は悪くない”という認識を社会全体の共通認識にしていく必要を感じている」
「自分が性被害の当事者ではなくても、周りではそういうこと(性暴力)が起きているという事実を認識して、『自分は周囲の人から話してもらえるような人になれるのか?』と被害にあった人だけではなく、そのほかの1人1人に伝えていくことが大事」
自身が受けた性暴力をきっかけに、卜田さんは、SNSを通じて、彼女と同じように性被害を受けた当事者の様々な悲痛な声を知り、性被害にあった人の支援をしたいと考えるようになった。
《性暴力によって未来の選択肢が奪われない社会へ》との思いで、卜田さんが始めた団体=THYMEについては続編に掲載します。