被爆者の白黒写真カラー化に取り組む高校生
6日、広島は74回目の原爆の日を迎えた。平和式典にはおよそ5万人が参加し、祈りをささげた。こうした中、戦前の白黒写真を被爆者の記憶と最新技術をもとにカラー化する取り組みが行われている。色彩と共によみがえる被爆者の思いを取材した。
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祈りの日を迎えた広島では6日、夜明け前から多くの人が手を合わせていた。
原爆で家族全員を失った男性(88)「74年間長生きさせていただいて、本当に申し訳ないと思っております」
「おばあちゃん、今日はごめんね。お母さんごめんね」―今年、被爆者の兄を亡くした女性。
1歳の時に被爆した女性(75)「本当に世界が平和になって、争いのない世界になってほしい」
原爆投下から74年。台風の影響で、時折雨が降る中、平和記念式典が行われた。この1年で死亡が確認された被爆者5068人の名簿が奉納され、原爆慰霊碑に眠る死没者は計31万9186人に。
広島市の松井市長は、日本政府へこのように訴えた。
広島市・松井市長「日本政府には唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受けとめていただきたい」
平和公園の一角で行われた慰霊祭に出席していた広島の高校生・庭田杏珠さん(17)は、2017年から戦前の白黒写真をカラーにする取り組みをしてきた。とりわけこだわったのが中島地区。いまの平和公園だ。
実はこの場所、かつては4400人が暮らし、家や商店が立ち並ぶ、広島一の繁華街だった。その暮らしは、74年前の8月6日、原爆で永遠に奪われてしまった。
庭田さん「原爆によって一切全部を奪われてしまった、失われてしまったという場所がここで、カラー化とかで興味を持ってもらって、少しでも自分のこととして感じてもらえたらいいなと思って」
写真をカラー化するため、庭田さんはかつてこの町で暮らしていた人と対話を重ねてきた。中島地区で暮らしていた濵井德三さん(85)。
濵井さん「だいたいここらなんです。『濵井理髪館』って書いてあったがね」
実家の理髪店の前で優しかった母と一緒に撮られた写真。原爆で、家族全員を失った。疎開していて家族でただ一人難を逃れた濵井さんは、大切な写真のカラー化を庭田さんに託した。
庭田さん「じゃあ色をつけていきます」
使うのは、人工知能・AI。大量の写真から蓄積したデータをもとに人の顔や、モノの材質などをAIが判断し、実際の色に近づける。
しかし…。
濵井さん「私の場合は男の子じゃけえ紺よね。お姉ちゃんの場合はこれ赤なんよね。そこを直さないと」
AIによるカラー化には限界があり、濵井さんの記憶を頼りに、色を直していく。白黒だった家族の写真。AIを使って色をつけ、濵井さんの話をもとに色を修正。カラー化した写真ができあがった。
濵井さん「みんな生き返ってきよるよ。あの時代に戻ってね」
よみがえる家族との思い出。
カラー化に取り組む庭田さんは――
庭田さん「白黒の時には思い出せなかった思い出が(カラー化で)よみがえってきて、聞く私たちの方も対話をしている時にすごく楽しい。使命感をもってやるんじゃなくて、楽しみながらメッセージがどんどんわかるというのが、すごくカラー化の楽しいところ」
若い世代の挑戦は、まだまだ続く。