【驚き】スカイツリー展望台の時間は地上より10億分の4秒速い! 時空のゆがみ測れる時計
ノーベル賞物理学賞の有力候補者にあがっている東京大学の香取秀俊教授。宇宙誕生から今まで動かし続けても0.5秒もずれない世界最高精度の時計=光格子時計の開発者だ。東京スカイツリーの上と地上では時間の流れ方が違うという。この時計の先に見えてくる世界とは。
(社会部科学担当 宮本康平)
■約100億年稼働しても1秒もずれない光格子時計とは?
「今年も一年、早かったな…」
年の瀬も差し迫ったこの時期、誰もが過ぎた時を振り返るだろう。
時の流れの“感じ方”は人によってまちまちだが異なるのは“感じ方”だけではない。
かつてアインシュタインが発表した特殊相対性理論と一般相対性理論。
動いている物体では時間がゆっくりと流れ重力が強いところでも時空がゆがみ時間がゆっくり流れることを予測した。
SFのように聞こえるかもしれないが人が歩く速さや1センチの高低差でもごくごくわずかに生じる時間が進む速さの違い。それさえ捉える事ができる超高精度の時計が日本人によって開発されている。
私たちは事実ベルトコンベヤーのように一様に固まりきった同じ“時の流れ”の中を生きているわけではない。その事を教えてくれる世界最高精度の時計。それが光格子時計だ。
今月開発した東京大学の香取秀俊教授を埼玉県和光市にある理化学研究所に訪ねた。Gパン姿の香取教授が熱い緑茶を出して温かく迎えてくれた。
案内された研究室にはレーザー関連機器などがあちこちに据え付けられていた。
香取先生が2014年に作った初期の光格子時計もありそれは部屋一杯に広がる大きさだった。
まずレーザーを使って真空中に原子が入りやすい卵パックに似た構造の連続する原子レベルの小部屋=光格子を作り出す。
ここに蒸発させた上で特殊な技術でその動きをとめた1000個ほどのストロンチウム原子を閉じ込める。
原子はそれぞれ固有の振動数で振動していてこれがいわば時計における振り子の役割を果たしている。
閉じ込めた1000個ほどのストロンチウム原子の振動数を別のレーザーで一気に測りその平均値をとることで世界最高精度の時計を実現した。
これまで世界最高精度だったセシウム原子時計より1000倍精度が高くこれは仮に宇宙誕生から今日まで時計を動かしても0.5秒もずれないという驚異的な精度である。
■東京スカイツリーと地上では時間の流れが違う?
香取教授たちは、2020年、光格子時計をスカイツリーの地上階と地上450メートルの展望台にそれぞれ設置し、2台の時間の進み方を比較した。
すると、地上の時計の方が展望台の時計よりもゆっくり進んでいるという結果が確認できたという。
高さが低い=地球に近い方が重力がより強いため時間がゆっくり流れるという一般相対性理論が改めて実証された。
研究室には先月発表されたばかりの最新型の小型の光格子時計も設置されていた。
サイズは旅行鞄3つ分ほどまでに小型化されていた。
香取教授は光格子時計の研究をこのように振り返る。
「光格子時計が大きかったときには、アインシュタインの相対論の世界というのは、SFの世界で、リアルな世界で見えるなんて想像できなかった。今回小型化に成功した光格子時計だと、持ち上げるだけで、時間が早く進むというのがリアルに見えてくる。ダリの有名な重力で時空間が曲がってるという絵が、これで見ることが出来る」
現在国内のメーカーと協力し小型化した光格子時計の量産化に取り組んでいるという。
将来的には、日本各地に配備することで、微小な地殻変動がリアルタイムで監視し防災に役立てることなどが期待されている。
■香取先生の研究への姿勢
香取教授はかつてドイツに渡って当時、次世代原子時計の最有力候補と考えられていた技術の研究をしていた。一つの粒子の振動数を100万回も繰り返して測ることで正確に時間を測定しようとするものだがこれでは測定に大変な時間がかかる。
その後日本に帰国した際それまでの研究路線を大胆に変更し大量の原子を光格子の中に捉えて一気にその振動数を測定しようというだれもやっていなかったアイデアに向けて研究に入る。それが光格子時計の実現につながっている。
だれもやっていない研究。聞こえは良いが成功するとは限らない。乗り出すことは怖くなかったのか。
香取教授「初めて聞く話って、どんな偉い先生も何言っているかわからないという、そういった最初の反応がむしろ楽しかった」「そのくらい理解されてないからこそ、自分でやるモチベーションがあると思った」
記者「理論としあっても出来るかどうかわからないとか思わなかった?」
香取教授「それが面白い(笑)だけど、そこにチャレンジするのが科学の面白さだと思う。決まったレールがあって、そこをみんなが突っ走っているから自分でそこのレールに乗っかる必要はない、新しいレールを作ることこそ、大事なことだろうとずっと思っていました。やり方っていくらでもある、どのやり方が成功するかってそれがよくわからない、そこに挑戦して新しい道を作り出すっていうのに価値があると思う」
今や光格子時計は小型化され人が運べるサイズになった。いずれは富士山山頂に運び上げて現在国土地理院が採用している測定方法とどちらが正確に標高を測定出来るか競いたいのだとうれしそうに話してくれた。
時空のゆがみの中、人それぞれ異なる時間を生きている事を示す光格子時計と、その開発者の生き方はどこか似ているように思えた。
間もなく新たな年を迎える。私も私にしかない時間を過ごしていきたいと思った。