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マレーシアで果たした15年前の約束――上皇ご夫妻と天皇陛下の交流【皇室 a Moment】

2022年7月30日 15:02
マレーシアで果たした15年前の約束――上皇ご夫妻と天皇陛下の交流【皇室 a Moment】

ひとつの瞬間から知られざる皇室の実像に迫る「皇室 a Moment」。今回は、15年前の“約束”が育んだ、上皇さま、天皇陛下2代にわたるあるマレーシアの青年との交流について、日本テレビ客員解説員の井上茂男さんとスポットを当てます。

――こちらは、どういった場面ですか?

マレーシアで、上皇ご夫妻、天皇陛下が、同じマレーシア人と会われた時の場面です。左側は、2006(平成18)年6月、天皇皇后時代の上皇ご夫妻がマレーシアを訪問された時。右側は、その11年後、2017(平成29)年4月、皇太子時代の天皇陛下がマレーシアを訪問された時です。会われたのはムハマド・ハフィズ・ビン・オスマンさんです。

ハフィズさん「15年間ずっと待っていましたので、本日お目にかかることができましてもうこれ以上の喜びはもうありません」
上皇后さま「あの時は失礼をいたしまして」
ハフィズさん「いえ、とんでもないことでございます」

――ハフィズさん、涙ぐんでいて、とても感激していますね。

そうですね。更に11年後がこちらです。

案内「こちらがハフィズさん」
天皇陛下「あ、ハフィズさん」
ハフィズさん「ハフィズと申します」
陛下「両陛下(上皇ご夫妻)からもお話うかがっております」
ハフィズさん「すみません、どうもありがとうございます」

――陛下もご存じになっている感じがしますが、このハフィズさんはどういった関係なんでしょうか?

ハフィズさんと皇室の縁が始まったのは1991年(平成3年)で、以来、四半世紀以上にわたり長く深い関係を持ちつづけた人です。そこには、不可抗力で果たせなかった「ある約束」と、それをきっかけにした「世代を超えた触れあい」という皇室ならではのエピソードがありますが、そのお話はのちほどたっぷりお話ししたいと思います。

――今日は、こうしたエピソードも交え、井上さんと、上皇ご夫妻と天皇陛下のマレーシアの交流にスポットを当てたいと思います。

まずは、こちらの地図をご覧ください。マレーシアはタイの南、インドネシアの北にある、人口3200万人の国です。マレー系、中国系、インド系などの人々が暮らす多様な民族で構成される国です。

天皇皇后時代の上皇ご夫妻は、1991(平成3)年9月末から10月初めにかけて、タイ、マレーシア、インドネシア3か国を訪問されました。これが即位後初めてとなる外国訪問でした。

この時、マレーシアで上皇ご夫妻を迎えたのが、当時のアズラン・シャー国王です。

立憲君主制の国ですが、興味深いのは国王の選び方です。多くの州に州の王様=スルタンがいて、このスルタンの互選で「アゴン」と呼ばれる国王が選ばれます。任期は5年。ですから再選もありますが、5年ごとに国王が代わります。国王や女王を戴く国は少なくありませんが、任期があり、互選で代わっていくのはマレーシアだけです。

この訪問中、上皇ご夫妻は、アズラン・シャー国王がスルタンとして治める北部ペラ州に足を伸ばし、日本語教育の盛んな全寮制の学校マレー・カレッジを訪問されることになっていました。しかし、隣国インドネシアの山火事の煙で飛行機が着陸できず、訪問は、急きょその日になって中止になりました。こちらは、その日程変更に追われた当時の大使館員など関係者の様子です。

――上皇ご夫妻の訪問を待ち受けていた人々もがっかりしたでしょうね。

そうなんです。こちらの写真は、除幕式が行われるはずだった記念碑の前でがっかりするマレー・カレッジの生徒達です。この時、生徒代表として挨拶をする予定だったのが、冒頭に紹介した当時15歳のハフィズさんでした。日本語を学んでいたハフィズさんは、大変悲しんで、ご夫妻に「てんのうこうごうりょうへいかといちばんあいたいです」とひらがなで手紙を書いたそうです。

――日本語で手紙を書いたんですね。

それから15年。上皇ご夫妻は〝約束〟を果たされます。2006(平成18)年の訪問は、シンガポールとタイへの公式訪問でしたが、その途上にマレーシアに立ち寄られました。飛行機で北部のイポーに入り、そこから車で140キロ離れたペラ州の王都クアラカンサーに向かわれました。

クアラカンサーでは、最初に、15年前国王だったスルタン、アズラン・シャー氏が主催する昼食会に出席されました。15年前は、上皇ご夫妻を歓迎する昼食会のために700人分の食事が用意され、主賓が来られなくなっても予定通り行われた昼食会です。
当時の取材では、上皇ご夫妻は15年前にペラ州の人たちをがっかりさせたことをずっと気にかけ、「立ち寄り」という形で〝約束〟を果たそうとされたと聞きました。

――15年前の約束を果たすということに上皇ご夫妻の優しいお心遣いが感じられますよね。

そうですね。片道140キロの車での移動というのは東京~静岡間に相当しますので、なかなか大変なものでした。

そして15年前、やはり訪ねるはずだったマレー・カレッジに向かわれました。この時、15年前に用意されていたご訪問の記念碑が改めて除幕されました。

――さきほど学生達ががっかりしていた写真に写っていたあの記念碑でしょうか。

そうです。そして日本語を学ぶ高校生たちが「ソーラン節」の演技などをご夫妻の前で披露して歓迎します。この時に、この学校のOBとして案内役を務めたのが、あのハフィズさん。ご夫妻からのお声かけがありました。

上皇さま「15年前に生徒だった、マレーシアの」

ハフィズさん「初めてお目にかかります。93年に学校を卒業しましたOBのハフィズと申します。15年間ずっと待っていましたので、本日お目にかかることができまして、もうこれ以上の喜びはもうありません」

上皇后さま「あの時は失礼なことをいたしました」

ハフィズさん「いえ、とんでもないことでございます。本当にずっと私たちの学校の事を思い出してくださって、本当にありがとうございました」

30歳になっていたハフィズさんは、15年前に使っていた日本語の教科書や自身で書いた日本語のメッセージなどをご夫妻に見てもらい、「日本の全てを心から愛しています」と熱い思いを語っていました。15年の間には、国費留学生として来日し、筑波大学でも勉強したそうです。

私も現地で取材をしておりましたが、ハフィズさんが感動して涙ぐんでいた姿をよく覚えています。当時のサイドシラジュディン国王はこの話を聞いて上皇ご夫妻のことを「15年前の約束を果たす素晴らしい方」と称賛していたそうです。

――15年前の事を忘れず、埋もれさせずに、このように約束が果たされたというのは、素晴らしいなと思いましたし、この後ハフィズさんは、天皇陛下とも会うことになるんですよね。

そうです。それから11年後の2017年、皇太子時代の天皇陛下がマレーシアを訪問されます。日本とマレーシアの外交関係樹立60年を記念したものでした。陛下は、首都クアラルンプールにある国内有数のマラヤ大学を訪れ、記念の講演を行われました。ここで元日本留学生たちと懇談し、そこで41歳になっていたハフィズさんとも会われました。

案内「こちらがハフィズさん」
天皇陛下「あ、ハフィズさん」
ハフィズさん「初めてお目にかかります。マレー・カレッジのOBのハフィズと申します」
天皇陛下「両陛下(上皇ご夫妻)からもお話うかがっております。両陛下もそのときご訪問になれなかったことをとても残念に思っておられて」
ハフィズさん「いえいえ、15歳の時からずっと楽しみにしておりましてですね、2006年にやっとお目にかかることが出来ました。本当にうれしかったです」
天皇陛下「両陛下もとてもよろこんでおられましたよ」
ハフィズさん「どうもありがとうございます。これからも日本とマレーシアの架け橋になれますこと、自分の力で精一杯頑張っていきたいと思いますので引き続きよろしくお願いいたします」

ハフィズさんは、マレーシアでJICA、日本の国際協力機構の現地職員になって日本との国際交流を支援する仕事をしていました。陛下の印象について、興奮しながらこう語っています。

ハフィズさん「テレビとかで見ているよりも非常にチャーミングな方だというのが、とても第一印象としてはびっくりしたというか。天皇皇后両陛下(上皇ご夫妻)と同じく日本人としての心の優しさを感じております」

――ハフィズさんとてもうれしそうですし、この美しいハフィズさんの日本語を聞くと、日本人の心をお持ちなんだなと感じられて、こちらとしてもうれしくなります。マレーシアは、日本への留学生が多いんですね?

1982年から経済発展の手法を日本に学ぼうとする「ルック・イースト・ポリシー=東方政策」が進められ、最新のデータで日本に2万6000人以上の留学生・技能実習生が送り出されてきました。

マラヤ大学での講演で陛下はこうした留学生たちを前に期待を示されました。

天皇陛下「これらの人々が我が国で多くの人々と友情を育み、帰国後様々な分野において活躍されておられることは、誠に心強く、今後の両国間の相互理解や友好関係の増進に大きく寄与いただけるものと確信しております」

この訪問では、予定になかった現地の高校生による日本語弁論大会にも出席されるなど、陛下は、特に次代を担う若者たちとの交流を大事にされました。

陛下はマレーシア訪問を終えて、次のような感想を発表されています。

「今回の訪問をきっかけとして、両国の『人と人』の交流の基盤がさらに強固なものとなり、中でも若い世代の人たちが、お互いの交流を通じて共に学び合い、相互理解を深め、協力していくこと、そして、それによって両国の友好親善が一層深まることを強く期待しています」(天皇陛下2017年マレーシア訪問のご感想より)

この中で印象的な言葉が、「人と人の交流」という表現です。英語では"people-to-people exchange"。陛下は、訪問中にこの表現を何度か使われています。

――ハフィズさんと上皇ご夫妻、そしてその息子である天皇陛下の長年の交流というのも思い出しますよね。

ハフィズさんは、今もJICAの現地職員として、鉄道と教育の分野でまさに両国の架け橋になって頑張っているそうです。15年後に果たした〝約束〟と、それを機に深まっていく人との縁。皇室ならではの交流だと思います。こうした「人と人との交流」が、国と国との交流の中で、もっと広まっていってほしいという陛下の強い思いが感じられますし、2006年と2017年の親子2代のマレーシア訪問を振り返ってみるととても心のこもったご訪問だったと思います。

――今回このように見てきて、人と人とのつながりをとても感じましたし、マレーシアとの関係も、ハフィズさんだけでなく、さらに広げて長く続けていって欲しいなと感じました。

ハフィズさんのような人がどんどん増えていってくれるとうれしいですよね。

――そうですね。「皇室日記@日テレNEWS24」。きょうは日本テレビ客員解説員の井上茂男さんにご出演いただきました。ありがとうございました。


【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)。

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