妊娠中にお腹の子の障害を知ったら…母の思いと出生前検査の課題
もし、お腹の中の赤ちゃんに障害の可能性があるとわかったら? 医療の進歩により、妊婦の採血だけで手軽にその可能性がわかるようになった反面、出産か中絶かの決断は重い。出産直前、お腹の中の赤ちゃんがダウン症であることを知った母親の思いを取材した。
■「どっちか知りたい」出産直前の羊水検査で陽性
神奈川県横浜市に住む女性・ミカさん(仮名)。夫と長女(8歳)、二女(5歳)と暮らしている。ダウン症の二女について「出会えて本当によかった」と話すミカさんだが、出産前は心が大きく揺れ動いたという。
ミカさんが二女を授かったのは39歳の時。妊婦健診で、お腹の子に心臓病の可能性があると指摘された。高齢でもあり、ハイリスク妊婦として、すぐに大きい病院に転院。
ミカさんは心臓病についてインターネットで調べている時に、あることに気づいた。検索すると、合併症として必ず「ダウン症」のワードが出てくる。「赤ちゃんはもしかしてダウン症なのかもしれない」。お腹がどんどん大きくなるにつれ、不安は増していった。
もともと、妊娠初期に胎児の染色体異常について調べる新型出生前検査(NIPT)は受けなかった。
ミカさんには、NIPTは「産むか産まないかを選択するもの」という認識があった。不妊治療の末に授かった子。陽性が出ても、産まない判断はできないと思い、検査は受けなかった。
しかし、2か月後に出産が迫る中、「どっちなんだろう。知りたい」という思いは募り、羊水検査(お腹に針を刺して羊水を採って調べる確定診断)を受けることを決めた。
■「お腹の子が怖くなった」・・・どん底の気持ちを乗り越え出産
羊水検査の結果を聞いたのは、出産予定日の1か月ほど前。本音では、「陰性」と聞いて安心して穏やかに出産したいと思っていたが、結果は陽性。
「今までずっとお腹の中で動いたりして、可愛くて愛しくて・・・と思っていたのが、陽性と聞いて、すごく怖くなったのを覚えています。こんなこと思っちゃいけないと思いながらも、動いて元気なのが怖かった」
ミカさんは当時の心情を率直に振り返った。
最初はショックのあまり、毎日のように泣いた。障害のある子を育てられるのか。何より、将来、長女の負担にならないか。
「どす黒い気持ちを持たずに産むことは私には難しかった。でも、どん底まで落ち込んで、そこから浮上した頃に出産を迎えました」
気持ちを切り替えたきっかけは、病院に紹介され、9歳のダウン症児を育てる女性医師に話を聞いたことだ。
「ダウン症だからって競争するところから脱出できるわけじゃないんだよね。ダウン症の中でも比べるし、ある程度できる子だったら健常児とも比べちゃう。つまり、ということは普通に生活するってことだから、そんなに変わらないよ」
健常児も障害児も、子育ての悩みは変わらない。ざっくばらんに話してくれた。
女性医師は、ミカさんに1冊の本をくれた。ヨコハマプロジェクトが発行する「ダウン症のあるくらし」だ。
様々なダウン症の子と家族の写真があり、出産から子育て、思春期、就職や結婚まで・・・ダウン症の子と家族の暮らしが、わかりやすくまとめられていた。
「大丈夫かもしれない」
子育てや将来への漠然とした不安がぬぐわれ、前向きな気持ちになれたという。
今、5歳になった二女と暮らすミカさんは「私にとっては、より豊かな生活になった気がする」と話す。
出産前に検査したことについては、「覚悟や道しるべができてよかった」と振り返るが、もし中絶が可能な妊娠初期にNIPTを受けていたら「出産を諦めていたかもしれない」とも思う。出産を決断するには、病院などからの情報提供がとても重要だと話す。
「病院の先生や、周りの人の話で、すごく心は揺れ動きました。明るい未来が描ける、普通に生活ができるんだと思えたら産もうと思うけど、検査した病院がそうした話やきょうだいへのケアをしてくれないと、怖くて産めない」と指摘する。
■増加する“未認証施設”でのNIPT・・・課題も
出生前検査の中では、妊婦の採血だけで流産リスクも少なく、妊娠初期に受けられるNIPTが広がりをみせるが、気軽に検査した結果、陽性判定が出て、出産を迷う、中絶する人も多くいることから、命の選別につながるとの指摘もある。
NIPTの運営委員会は今年2月、検査の運用指針を取りまとめ、7月、指針に基づいて指定された「認証施設」が全国すべての都道府県に設置された。だが認証施設は169か所に増えたものの、「未認証施設」も多くあるのが現状だ。
日本産科婦人科学会が2020年に行ったWEB調査では、NIPTを受けた妊婦1198人のうち、「認証施設」で検査した人は575人、「未認証施設」は610人(不明が13人)。約半数の妊婦は、未認証施設を利用していた。
なぜ、未認証施設を選択するのか。認証施設である東京女子医科大学病院の松尾真理医師は「未認証施設は、入り口の料金設定が、認証施設より安かったり、検査結果がメールなどで簡単に受け取れたり、利用のしやすさがある」と指摘する。しかし、実は「オプション」として、検査で調べる内容を追加するなどし、結果的に、より高額になるケースもあるという。松尾医師は「必要性があまりない検査までオプションでつける場合もある」と話す。
例えば、認証施設のNIPTでは、13番、18番、21番の3つの染色体の異常を調べるが、未認証施設では、その他の染色体検査を追加、または全ての染色体を調べることもあるという。
「例えば、ある未認証施設で、7番染色体が陽性となったとして相談に来たケースが過去にありました。ですが、7番染色体に異常がある場合は、出産に至らず流産することがほとんどで、認証施設では事前に調べることが妥当とは判断していません」(松尾医師)
さらに、未認証施設の中には美容外科などもあり、産婦人科などと連携せず、検査だけを行う場合も多い。認証施設は、産婦人科と小児科の医師がそれぞれ常勤し、専門的なカウンセリングができる医師がいることが条件。結果を聞く際はもちろん、検査前にも、妊婦とパートナーがそろってカウンセリングを受ける。赤ちゃんが生まれた後の医療ケアができる施設との連携やその後の支援なども指定の条件だ。
妊婦の採血のみでできる検査の手軽さと、その結果の重みに、大きな差があるNIPT。検査する前に「もし陽性が出たら」を想像しての施設選びが重要だ。