焼酎粕で農薬減めざす 大学院生の地元愛
蔵元にとって、処理費が負担になっていた“焼酎粕”。そのユニークな利用法が、熊本にあるという。行っているのは、農作物の生育を助ける「光合成細菌」培養キットの販売。現役の大学院生が立ち上げた事業だというが、いったいどんな取り組みなのだろうか。
■焼酎粕を使うことで、農家が利用しやすい価格に
2018年に熊本・崇城大学発のバイオベンチャーとして設立された、株式会社Ciamo(しあも)。焼酎の製造時に出た焼酎粕を買い取り、価値あるものに転換する事業を行っている。
同社が研究開発・販売しているのは、「光合成細菌」の培養キット「くまレッド」。植物の成長を促進し、根腐れしにくくさせる光合成細菌と、焼酎粕から作られた培養液をセットにしたものだ。市場では、すでに培養を済ませた状態で販売されている光合成細菌もあるが、「くまレッド」は農家自身が培養を行う。
価格は、100リットル培養用で税込5400円。1リットルあたりに換算すると54円だが、これは従来の光合成細菌の価格、1リットルあたり300~600円と比べてかなり安価なのだという。元々処理されていた焼酎粕を原料として使っていること、加えて、農家に自家培養してもらうことで、この価格を実現した。
光合成細菌を田んぼの中に流すと、有害な有機物を分解して、土を健康な状態にしてくれるという。土が良くなれば、根から栄養がよく吸収され、農薬を減らすことにもつながるそうだ。
現在「くまレッド」は、米やレンコン、い草の農家を中心に、全国300軒以上で使われているという。利用しているい草農家からは、「作物の成長に悪い影響を与えるガス湧きが減った。い草のツヤが良くなった」といった喜びの声も届いている。
■こだわりは、地元の焼酎粕を使うこと
Ciamoの代表を務める古賀碧さん(27)は、崇城大学大学院の工学研究科博士後期課程に在籍する現役の大学院生。製造を行う上でこだわっているのは、地元・熊本の特産品である球磨(くま)焼酎の粕を使う点だ。球磨焼酎は、熊本県人吉・球磨地域で生産され、500年の歴史を持つといわれる米焼酎。国税庁の「地理的表示の指定」を受けている日本の焼酎ブランド4つのうちのひとつでもあり、現在も27の蔵元が、球磨焼酎の伝統を受け継ぎながら、それぞれの蔵の味を追究しつづけている。同地域で生まれ育った古賀さんには特別な思い入れがある。
「通学路の途中にあった仲良くしてくれていた方の家や、回覧板を持って行く先が蔵元だったので、小さい頃から球磨焼酎を身近に感じていました。それもあって、焼酎造りの発酵技術に興味が湧いたんです。バイオ系の勉強ができる今の大学を選んだのも、将来は焼酎に関わる仕事がしたいと思っていたからです」
熊本市の崇城大学に進学した古賀さんは、学部時代から地元の資源を活用した事業に挑戦。友人とともに、球磨焼酎と熊本県産の果物を使った焼酎リキュールの商品化も行った。そして、蔵元の人たちと商品を開発しているうちに、ある困りごとを打ち明けられる。
「蔵元の方と話す機会が増える中で、『焼酎粕の処理費が高いから、活用のための研究をしてもらえないか』と言われたんです。地元のためになんとかできないものだろうかと感じました」
焼酎造りの際に出る焼酎粕は、肥料や飼料として再利用もされているそうだが、リサイクル費用は酒造元が払うため、経済的な負担が大きいという。
一方、農家からも、高価だった光合成細菌をもっとたくさん使いたい、という声が届いていた。そこで古賀さんは、所属していた研究室の教授に相談。元々研究室で光合成細菌の研究をしていたこともあり、焼酎粕の活用実験が始まった。果たして焼酎粕で培養などできるのか。半信半疑で始めた試みだったものの、生産農家のサポートも受けながら調整を重ね、なんとか実用化へこぎつけた。
農家自身の手で培養する必要があるキットなので、リーフレットや動画で培養方法を丁寧に説明することはもちろん、商品が届いてからのアフターフォローにも力を入れている。培養の失敗を防ぐため、購入者から写真を送ってもらい、液体の色味を見ながらアドバイスすることもあるそうだ。
■蔵元、農家のみならず、消費者や自然環境へも広がる輪
「農業のことは全然知らなかったので、農家さんに教えてもらいながら成長しています」と語る古賀さん。今後Ciamoは、日本全国に加え、東南アジアなど海外への進出も含めて、さらなる事業展開を見据えているとのこと。現在はコロナ禍によって中断しているが、実際にタイで米栽培の実験も始まっているという。
だが、あくまで原点にあるのは、地元への想いだ。
「会社を立ち上げたのも、地元を盛り上げたいという気持ちからでした。球磨焼酎粕の付加価値を高めて地元の宝にしたい。それが一番の想いですね。今の拠点は熊本市内ですが、製造は人吉・球磨地域でもしているので、ゆくゆくは雇用も生み出せたら理想だなと思います」
焼酎粕を何とかしたい蔵元、光合成細菌を大量に使いたい農家。両者の想いに応えるCiamoの事業だが、与える影響はそれだけではない。たとえば、農薬を減らすことによる自然環境への負荷軽減。あるいは、安心で元気な作物を受け取れる消費者の笑顔。ひとりの大学院生の地元愛を原動力として始まった取り組みが、いま大きな輪となって広がっている。
※写真は「くまレッド」で培養した光合成細菌
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
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