児童養護施設へ届ける“人生で最高の1冊”
全国に約600か所あり、約27000人の子どもたちが暮らす児童養護施設。「人生で最高の1冊」を届けるプロジェクトを、大学生が立ち上げた。子どもたちのサポートと同時に、施設をめぐる課題について情報発信も目指す、原動力と想いに迫る。
■「自分たちを気にかけてくれている人がいること」を届けたい
「JETBOOK作戦」は児童養護施設に「人生で最高の1冊」を届けるプロジェクト。本と選んだ理由や想いをしおりにして、子どもたちに届ける。立ち上げた山内ゆなさん(18)は、この春に児童養護施設を退所した関西の大学1年生だ。
同じ施設で暮らしていた小学5年生に「本を読みたいから、教科書を貸してほしい」と言われたことが、取り組みを始めるきっかけになったという。
「昨年、コロナ禍で施設の外に出られない時期がありました。インターネット環境が整備されているわけではないので、子どもたちにできるのはテレビをみるか本を読むかくらい。読みたい本がなくなってしまったのか、高校2年生の私の“教科書”を貸してほしいと言われて驚きました」
書籍が寄付されることはあるが、自由に選べるわけではなく、必ずしも興味が持てる本ばかりではない。この状況をTwitterに投稿したところ「本を送ります」「図書館と相談するといいかもしれないです」と反応があったという。
そこで、昨年12月にJETBOOK作戦をスタート。SNS上で募ったところ、300人の賛同者が集まった。送られた本は、子どもたちに興味深く読まれただけでなく、子ども同士で感想をシェアしたり、職員と子どもが会話するきっかけにもなったという。
また、この取り組みでは、本と一緒にメッセージを届けることで「大人を信頼するきっかけをつくりたい」といいます。
「施設には、虐待を受けた経験のある子どもが少なくありません。また、施設で働く職員の方は、同じグループ内の別の施設に移動したり、辞めてしまったりするので、大人と継続的に関わる経験がありません。大人を頼るという感覚が持てず、信頼できないと感じる子もいます。本という形あるものを届けることで、これだけの人が自分たちを気にかけてくれていることや信頼できる大人がいることを伝えたいです」
100施設に100冊ずつの本を送ることを目標にして、クラウドファンディングにも挑戦している。
■施設だからといって特別ではない
JETBOOK作戦は、子どもたちに本を届けることだけが目的ではない。本を送る人たちに、児童養護施設の現状を知ってもらうことも目指している。この取り組みを通して「児童養護施設に対する外から見たイメージと、内側から見えているイメージのギャップ」を解消したいという。
「高校は、同じ施設の子どもたちと一緒だった中学とは違い、少し離れた場所に進学したのですが、施設で暮らしていることを言うべきか悩みました。勇気を出し1人の子に話してみたのですが『聞いてごめんね。大変そうだけどがんばって』と言われて。その言葉が、すごくショックでした」
自身は施設に住んでいることをネガティブに捉えていなかった。にもかかわらず、世の中の勝手なイメージで悪い印象を持たれていることに傷ついた。同様に、施設で暮らしていることを言えない子もいたという。
「家庭がそれぞれ違うのと同じ。施設に住んでいるからといって特別ではない。それを伝えたいと思っています」
また、施設を出た後の現状や問題も、伝えたいことの一つだ。施設で暮らす子どもは、児童福祉法の決まりにより、18歳で施設を出る必要がある。しかし、急にひとりで暮らすことは容易ではない。親権者の同意が得られず、自分では家を借りられない人もいる。すると、寮付きの就職先を選ぶしかなく、それが将来の選択肢を狭めているという。仕事を辞めると家も追われることになり、困窮する人もいるそうだ。
「児童養護施設の状況を知って、施設を出た後の子どものサポートだったり、何か一緒にやってくれたりする人が増えたらうれしいです。例えば、不動産会社の人がこの状況を知ったら、変えられることもある。まずは多くの人に知ってもらうことが大事だと思います」
山内さんも、大学進学のために奨学金の情報をTwitterで募ったところ、協力してくれる大人との出会いがあり、一人暮らしする家を見つけたり、いまの活動を始めるきっかけとなったりしたという。
■退所後のサポートを入所中から
挑戦中のクラウドファンディングでは、1万人に参加してもらうことにこだわりを持っている。参加者一人につき1冊の本を送るため、1万人いれば、100施設×100冊ずつが達成できる計算だが、狙いはそれだけではない。
「クラウドファンディングの支援率が、ページを見てくれた人の1%程度だと聞きました。つまり、1万人に支援してもらえたら、100万人に活動を知ってもらえたことになります。日本の人口のおよそ1%です。それくらいの人に知ってもらえたら、社会は変わるのではと考えています」
さらにこのプロジェクトを派生させ、児童養護施設同士やアフターケア団体とのつながりづくりも描いている。アフターケア団体とは、18歳で施設を出た子どものためのサポート機関だ。
「アフターケア団体は増えていますが、施設の子どもにまだまだ届いていません。退所後に『頼って』と言われても、急には頼れない人も多いからです。だから、施設にいるときから、アフターケア団体と一緒に、ワークショップや職業体験などを提供したいです。
また、そういった機会を、複数の施設と合同で行い、施設を超えた子どものつながりもつくりたい。100冊の本って、意外とすぐに読み終えてしまうので、例えば、子どもたちが1冊ずつ持ち寄って本を交換したり。お互いに相談できる関係を作れたらと思います」
挑戦を続ける山内さん。自身の姿を見て、施設にいてもやりたいことを実現できると、他の子どもに感じてほしいという。とはいえ、自分は施設の子どもの代表ではないとも話す。
「勘違いしないでいただきたいのが、施設で暮らす子どもみんなが、私のように自分から助けてと言えるわけではないことです。一人ひとり性格や考え方は違うので、『施設の子はこういう子』と、枠を作ってはほしくありません。一人ひとり、違う存在として見てほしい。そして、施設で暮らす子が“かわいそうだから”支援するのではなく、地域や社会全体で子どもを育てていけるような、そんな未来を作れたらと思います」
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
■「Good For the Planet」とは
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今年のテーマは「#今からスイッチ」。
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これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。