介護福祉士×モデル×研究 老いを前向きに
■3つのキャリアをフル活用
上条さんが今、最も時間を割いているのは、介護現場の労働生産性や健康経営に関わる調査研究だという。
「介護の現場には、出勤はしていても、ストレスや睡眠不足などの影響でパフォーマンスを発揮できていない人が大勢います。その実態を明らかにして、適切なアプローチをすることができれば、離職率を下げながら介護の質を上げることができます。介護施設を健全に経営していくために、ケアを提供する介護職員の健康への配慮は必要不可欠になるはずです」
研究に打ち込む一方、週に1~2回は都内の介護施設で勤務。後輩たちの指導にあたるほか、自らも現場に立ち続けている。大切にしているのは、利用者との信頼関係だ。
「例えば、ずっとお風呂に入れていないおばあちゃんがいたとします。無理やりお風呂に入れるのは、たぶん誰にでもできる。けれど介護されることに抵抗を感じる人は少なくありません。認知症だから特別ということではなく、誰しもが自分のパーソナルエリアに知らない人が入ってきたら警戒しますし、からだを他人に見られるのには抵抗がありますよね。
私は、そういう気持ちを解きほぐすところから始めたいんです。いきなり入浴を迫るのではなく、一緒にお茶をしたりしながら、まずは『この人にだったら介護されてもいい』と思ってほしい。その上で、気持ちよくお風呂に入ってもらいたい。それが介護の本来の姿だと思うんです」
研究者として、介護福祉士として、介護に向き合い続ける上条さんには、モデルとしての顔もある。
「モデルも私にとって大切な仕事のひとつです。私はまだ、研究者としても介護福祉士としても目に見える成果を挙げたわけではありません。そんな中で情報を大きく発信していくには、モデルの肩書はひとつのフックになるんです」
■「もっと生きたい」そう思ってもらえる介護を
子どもの頃は、ナイチンゲールやマザーテレサに憧れていた上条さん。人助けには並々ならぬ関心があった。そんな彼女に転機が訪れたのは14歳のとき。中学校の職場見学で、地元の介護施設を訪れた。
「そこで出会ったおじいちゃんやおばあちゃんが、とても優しくて。私のヘタな介助を受けても、みんな100点満点の笑顔で感謝を伝えてくれる。なんて心が広いんだろうと思いました」
介護の仕事に魅せられた上条さんは、高校、短大を経て、地元の老人保健施設に就職。本格的に飛び込んだ介護の世界は、心を揺さぶられる体験の連続だった。
「難しい手術を乗り越えてやっと命を取りとめた高齢者の方に、『これから何をしたいですか』と尋ねると、ほとんどの人が『死にたい』と答える。ショックでした。病気が治っても人生に絶望してしまう。そういう気持ちは医療では癒やせません。でも、だからこそ私たち介護福祉士がいます。『あなたのおかげで、もう一度生きたいと思えた』とうれしい言葉をかけてもらえることもありました」
けれど、すべての人を救えるわけではない。何もできなかったという無力感も、幾度となく味わった。医療者に対して対等に意見が言えず、自分の未熟さに唇を噛んだ日もあった。そんな自分を変えるために、介護に関する勉強会や学会にも積極的に参加するようになる。
「学会に参加すると、素晴らしい技術や手法が次々に考案されていることがわかりました。でも、『じゃあなぜ、現場はいつまでも変わらないんだろう』とも思えて。どんなに素晴らしい研究や発見も、必要な人に届いていなかったら意味がないと感じたんです」
そんなとき、学会の帰りにモデルとしてスカウトされる。それまでも度々モデルにスカウトされていたが、このときはじめて「モデルになれば、もっと幅広く介護の情報を発信できるかもしれない!」とひらめいたという。
介護福祉士とモデルという二足のわらじを履きながら、東京と長野を往復する日々を経て、22歳で上京。1年間はモデルの仕事に専念し大舞台も経験した。2年目からはモデルの仕事と並行して特別養護老人ホームでも働きはじめる。兼業でも介護福祉士として十分な経験を積めるように、訪問介護と掛け持ちして、週に7日介護の仕事をしていた時期もあったという。
介護とモデルの仕事がつながりはじめたのは26歳のとき。「介護福祉士×モデル」という働き方が注目され、講演依頼が増えたという。さらにテレビドラマの介護監修・介護指導を務めるなど、情報発信の場を一気に広げていく。
■高齢者の幸せは、若者の幸せにつながっている
様々な活動を通じて精力的に情報発信を続ける上条さんだが「情報を伝えるだけでは、現場は変わらない」という危機感もあるという。もっとできることはないかと模索する中で目を向けたのが研究の道だ。
「研究者の先輩方や、国民が住みやすいよう日夜必死に制度や仕組みを考えている先生方が、必ずしも介護現場の実態を正確に把握しているわけではありません。介護の現場からは『政治家は現場を何もわかっていない』という声が聞こえてきます。しかしそれだけではなく、現場側がしっかりと伝わる言葉で情報を届けることができていなかったからだとも思うんです。
現職の介護福祉士として、アカデミックに、根拠のある多義性のない言葉で、介護現場の実態を伝える人になりたいと思っています。制度改革に取り組むみなさんの材料になるような情報を発信していきたいですね」
介護福祉士が誇りを持って働ける職場をつくることも、上条さんの目標のひとつ。様々な課題を抱えながらも、日本の介護は海外から注目されているとも言われる。それを積極的に語ることのできる国際カンファレンスの開催なども構想している。同時に、働く人の意識だけではなく、利用者の意識も変えていきたいという。
「どうやって自分たちが生き生き暮らしていけるのかを、利用者の方にも自発的に考えてほしいんです。人生の最終章をいかに幸せに歩むか。それを考えることは、若者に対する高齢者の義務だとさえ思っています。90歳、100歳の人が楽しそうに生きていたら、生きづらさを抱えている若い人たちも、きっと安心できると思うんです。介護する人も、される人も、自分を不幸せだとは思わない社会を。誰もが歳を重ねることを楽しめるような社会をつくることが、私の目標です」
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
■「Good For the Planet」とは
SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加しました。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。