【前編】「お腹を痛めた子」出産の痛みへの意識はいま…無痛分娩への賛成は8割超でも実施率1割以下にとどまるワケ【独自アンケート】
麻酔によって出産の痛みを緩和する無痛分娩。欧米では一般的な出産方法になっている国もある中、日本での実施率は8.6%にとどまっている(2020年)。「お腹を痛めた子」という言葉が表すように、出産の痛みに意味を見出す人が多いからなのか。その理由を探るべく、独自にアンケートを実施。すると、女性が無痛分娩を選ぶことへの賛成は8割を超え、その理由として多くの人が「女性が自分で決めるべき」という回答を選んでいることがわかった。分娩方法の選択に映し出される社会の意識の変化とは?(日本テレビ報道局 細川恵里)
■日本では実施率1割弱 無痛分娩が広がらない理由について男女1054人に独自調査
出産の痛みを麻酔によって緩和する「無痛分娩」。背中から腰の脊髄の近くにカテーテルを入れる硬膜外麻酔が主流で、必ずしも出産の痛みが完全になくなるわけではないが、痛みを弱めることができる。麻酔の副作用によるリスクはゼロではないものの、海外では出産方法の一つとして一般的な国もある。
日本産科麻酔学会によると、アメリカでは実施率が7割を超え、フランスでは8割を超えるなど欧米では広がりを見せているが、日本での実施率は2020年時点でわずか8・6%(厚労省調査)にとどまっている。古くから「お腹を痛めた子」「痛みで母になる」という表現が使われている日本。SNSには「無痛分娩 ずるい」「家族に反対された」といった声もみられる。実施率が低いのは、出産の痛みに特別な意味を感じている人が多いからなのだろうか?
そうした疑問から、日本テレビは、神奈川県立保健福祉大学の田辺けい子准教授の監修のもと、20代以上の男女1054人に対し、無痛分娩についての独自のアンケートを実施。大手リサーチ会社に登録したモニターを対象に、年代、性別、居住規模については国勢調査の割合に近づけて行った。
調査では、無痛分娩について「どんな方法か知っている」と答えた人は21.8%、「名前は聞いたことがある」は62.7%。女性のほうが男性よりも割合が高いものの、全体では8割以上が無痛分娩を認知していた。
さらに、女性が無痛分娩を選ぶことについては「賛成」か「やや賛成」を選んだ人は、全体で80.9%という結果に。男女差はほとんどみられなかった。年代が上がるにつれて、「反対」「やや反対」の割合が増加する傾向がみられたほか、実際に子どもを持つ男女のうち、自然分娩で出産するなどしたため無痛分娩の経験がない人の方が、賛成の割合が少なかった。特に女性でその傾向が強かったが、それでも無痛分娩の経験がない出産経験者の女性が「賛成」「やや賛成」を選んだ割合は6割を超えていた。
賛成の理由としては、「女性が自分で決めるべきと思うから」が最も多く賛成した人の70.3%、「避けられる痛みは避けた方がいいから」が55.2%だった。
また、調査対象者全体に尋ねた質問項目でも 「無痛分娩をするかどうかは、女性の意思によるべきだ」に「そう思う」「ややそう思う」と回答した人は全体の71.5%と7割を超えていた。
■「女性が決めるべき」と社会全体の意識が変化「望む人は安心して希望して」と専門家
アンケートを監修した田辺けい子准教授は、「認知も賛成も割合がこれほど高いとは思わなかった」とした上で、「女性の権利に社会全体の意識が高まり、女性が経験する痛みに対する社会の考え方が変わってきたことの現れではないか」と考察。「特に『女性が決めるべき』という声が全体の7割もいるのがそれを反映している」という。
今回の調査は、年代や居住地の構成比などを国勢調査の割合に近づけて実施していることから、回答者のうち50代以上が7割以上を占めている。そうした中での結果に、田辺准教授は「若い世代だけでなく、出産を終えた上の世代も含めた社会全体の意識が変わってきたといえる」と考える。「周りの目を気にして無痛分娩を希望できない女性もいると思う。潜在的にこれだけ賛成がいるということで安心して希望してほしい」「無痛分娩は"逃げ"でも"甘え"でもなく女性の権利であり選択肢の一つ」と強調した。
一方で、無痛分娩に「反対」または「やや反対」と答えたおよそ2割の人のうち、67.2%が理由として「麻酔によるリスクがあるから」を挙げていた。田辺准教授は、無痛分娩よりも自然分娩がいかなる場合でも安全であるという神話や、麻酔法や麻酔薬に対する適切な情報がない社会だけに漠然とそれらを恐れる風潮に加えて、2017年に、無痛分娩中の事故の報道が相次いだことから、「麻酔=危険」というイメージが先行しているのではないかとし、「無痛分娩は、決して簡単な技術ではないし、合併症などのリスクもあるが、専門的な知識を持つ医師が適切に実施すれば安全に実施できる。効果やリスクを正しく理解したうえで選択してほしい」と呼びかけている。
■「お腹を痛めた子」出産の痛みへの意識は今…
出産の痛みについて、田辺准教授は、「『お腹を痛めた子』という表現に代表されるように、日本では“自然”や“母性”、“女性の身体”などとの関係で様々な意味づけがなされてきた」と説明。田辺准教授も「これらの意味づけの1つ1つが無痛分娩の普及を阻んできた要因となっていたではないか」という。
ところが今回の調査では、「出産の痛みは、母親になるならば経験しておいた方がよい」に「そう思う」「ややそう思う」と答えた人は全体の28%、全体のおよそ半数が「そう思わない」「ややそう思わない」と否定的に答えていた。なお、この考えに肯定的な人は年代が上がるにつれ増える傾向にあり、特に無痛分娩を経験していない出産経験のある女性が4割程度と比較的高かった。また、「出産の痛みは母親になるならば耐えられる」と答えた人は33.7%、「女性の身体に備わっている自力だけで出産すべきだ」も20.7%といずれも少数派だった。
また、SNSなどで「無痛分娩 ずるい」という声も見受けられる中、「無痛分娩を選ぶことは甘えで、ずるい」に「そう思う」「ややそう思う」と答えた人は、わずか7.5%、7割強が「そう思わない」「ややそう思わない」と答えていた。「無痛分娩は自分優先の出産方法」と答えた人も、23.1%にとどまり、およそ半数が「そう思わない」「ややそう思わない」と否定的に答えていた。
一方で、「出産は自然な方がよい」と答えた人は47.9%、「女性の身体は自然/神聖なものなので麻酔を使わない方がいい」が24.6%、「出産の痛みは女性だけが経験できる貴重な痛み」と答えた人は43.5%にのぼるなど、男女ともに自然な出産を重視する傾向は、一定数みられた。
しかし、自然な出産をより重視する「無痛分娩は自然の摂理に反する出産方法だ」という問いに「そう思う」「ややそう思う」と答えた人は18.2%に留まり、そのほとんどは「ややそう思う」と弱い選択肢を選んでいた。
また、「女性の身体は出産の痛みに耐えられるようにできている」が35.9%、「昔から女性は痛みに耐えて出産してきたので耐えられる」は32.9%と、女性の身体が出産の痛みに耐えられるものとした回答は一定数みられた。
■出産の痛みに積極的な意味を見出す人は少なくなっている
田辺准教授は、「自然な出産がよいという考えはあるものの、出産の痛みに積極的な意味を見出す人が少なくなってる」と考察。また、「女性で年代が上がるほど、出産の痛みに意味付けをする傾向が見られる。年代が上がるほど自然分娩経験者が増えるので、自分の経験を意味あるものにしたいという気持ちの表れなのかもしれない」とした。
■賛成8割超え、実施率1割以下の理由とは・・・?
女性が無痛分娩を選ぶことへの賛成が8割を超えるなか、実施率が低いのはなぜか。そこには、医療体制と費用の問題があった。(中編へと続く)
<調査方法について>
本調査は、2023年6月21日(水)~22日(木)に、大手リサーチ会社に登録したモニターを対象に行い、20代以上の男女1054人から有効回答を得ました。年代、性別、居住規模については国勢調査の割合に近づけて行いました。なお、原則として小数点第2位以下を四捨五入しているため合計と内訳の計が必ずしも一致しません。
監修:神奈川県立保健福祉大学・田辺けい子准教授
協力:JX通信社