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治療薬“承認が遅れ、使うことができない”…日本の「ドラッグ・ラグ」 直面する親子の本音

2023年2月3日 20:52
治療薬“承認が遅れ、使うことができない”…日本の「ドラッグ・ラグ」 直面する親子の本音

2月4日は「世界対がんデー」です。

“海外では使われている薬が、日本では承認が遅れているため使うことができない”…こうした問題を「ドラッグ・ラグ」といいます。小児がんと闘う中で、ドラッグ・ラグに直面している男の子と、その家族を取材しました。

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先週、大阪府にある、大門海智くん(9)の自宅を訪ねました。2歳の 弟・曜くんが「あそぼー!」と声を上げると、すぐに海智くんは「あ、遊ぼう」と応え、駆け寄ります。頼れる優しいお兄ちゃんです。

去年5月、その海智くんに異変が…。呼吸や心臓の動きをつかさどる「脳幹」に腫瘍が見つかり、小児がんの一種「脳幹グリオーマ」と診断されました。手術では取り除くことはできず、進行の程度によっては命の危険もあるといいます。

父・恭平さん(35)
「感情としては、恐怖と不安。とにかく命だけは、どうにかしたいという思いで…」

治療法を探る中、海智くんが直面したのが「ドラッグ・ラグ」でした。海外で使われている薬が日本では承認が遅れ、使うことができない問題です。

海智くんのがん細胞を取り出して検査すると、「BRAF」という遺伝子に異常があることが分かりました。このがん細胞を狙い撃ちできる治療薬が、スイスの製薬会社ノバルティス ファーマが開発した「ダブラフェニブ」です。ただ日本では、まだ小児がんの治療には承認されていません。

そのため海智くんは、主治医と相談して抗がん剤治療を始めました。その影響で、海智くんは体調を崩すこともありました。病院の廊下で、母親の真矢さんが海智くんのおでこに手を当て、うちわであおぎます。

母・真矢さん(36)
「また吐いてもいいんやで」

海智くん(9)
「うーん…もう吐けない…」

先月まで週に1回、続けてきましたが、効果はみられません。がんの影響で、右手のまひなどの症状が現れています。

母・真矢さん
「最近、まひが進んできていて。感覚がないせいで、ペットボトルを持つとバランスよく持てなくて、すごく震えてしまって…。ちょっと不便なこと増えてきたな」

海智くんも小さくうなずきます。

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右手を動かすリハビリとして、ギターの練習などをしていますが、症状はゆっくりと進行しています。

母・真矢さん
「きのうも『海智の右手は薬飲んだら治るんやんな』と聞かれて…。日本では(薬が)飲めなくて、悔しい気持ちですね」

日本では「ダブラフェニブ」は大人の肺がんなどの治療薬としてすでに使われています。しかし、小児がんの治療薬としては承認されていないのです。

海智くんの主治医によりますと、海智くんと同じ遺伝子変異がある小児がん患者は「ダブラフェニブ」を使うと、腫瘍が見るからに小さくなったといいます。アメリカなどではすでに広く使われている、この薬。主治医の山崎夏維医師はいらだちを隠せません。

大阪市立総合医療センター 山崎夏維医師
「薬はもう、国内にあるんですよ。で、薬局にも置いてあって。僕らも使いたいし、だけど使えないと」

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なぜ「ドラッグ・ラグ」は起こるのか。国立がん研究センター中央病院 ・小児腫瘍科の小川千登世医師は、“小児がんの患者数が少ないこと”などが関係していると指摘します。

国立がん研究センター 小川千登世医師
「小児がんは特に患者さんの数が少ないだけでなく、たくさんの(がんの)種類の患者さんがいるので、開発が行われにくいという状況があると思います」

小川医師は「製薬会社にとっては、開発から承認までにかかるコストに対し、薬を使用する患者が少ないため、採算が取れにくい」と指摘。さらに、「海外企業の薬の治験も日本では行われにくい」と話します。

一方、アメリカでは2017年に法律で、大人のがん治療薬の開発と同時に、子どもの薬の開発を義務化。それ以降、34の小児がんの新薬が承認されました。同じ期間に日本で承認されたのは、わずか7つにとどまっています。

小川医師は「ドラッグ・ラグ」解消のため新組織を立ち上げ、国際共同治験への参加を促進するなど日本での治験数を増やすとともに、患者が未承認の薬を使う機会につなげたいといいます。

海智くんも薬を使うため、国内の大学病院で行われる臨床試験に参加を希望しています。しかし、開始時期は未定。焦りは募ります。

父・恭平さん
「障害がゆっくり進行していくことを見守るしかないこの状況は、耐えがたい苦しみを毎日、感じているんですよね」

母・真矢さん
「これ以上、症状が進行してしまう前に、とにかく早く薬を飲ませたい…っていうだけですね」

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鈴江奈々アナウンサー
「とても歯がゆい気持ちになります。この状況を改善するには、小川医師によると、アメリカで行われたような法律の整備に加えて、企業の開発から承認までにかかるコストや、その後も薬を作り続けられるように資金面でサポートすることが重要だということです」