漫画家クリヨウジさん死去 日本アニメーション界の草分け的存在 鯖江市出身 晩年は後進の育成も積極的に
鯖江市出身で、日本のアニメーション界の草分け的存在とも言える漫画家のクリヨウジさんが、老衰のため、亡くなりました。96歳でした。鮮やかでユニークな作品を描き続けた巨匠。県内からもしのぶ声が聞かれました。
■クリヨウジさん
『小学校1年のとき、僕アニメ始めてたの。学校の教科書にパラパラ漫画を描いて、動くのを無意識に勉強してたのね』
今から14年前。FBCのインタビューに応じるクリ・ヨウジさん。日本のアニメーション界のパイオニアで、その名を知られたのが、日本テレビで1990年まで放送されていた「11PM(イレブンピーエム)」。「久里洋二のミニミニアニメーション」として、短編アニメを毎週手掛けました。
15日に発表されたクリさんの死。地元の鯖江市では、関係者や市民に悲しみが広がっています。
■鯖江市まなべの館 井上裕子館長
「信じられないというのが本当の気持ち。先生がいたからこそ、日本アニメーション界が今のような形に広がっていったと思う」
30年にわたって親交があったまなべの館の井上館長。作品へのストイックさが印象に残っているといいます。
■鯖江市まなべの館 井上裕子館長
「真摯に向き合う方なので、作品とか見ても分かるが、色のグラデーションの塗り方というのがすごくきれい。計算尽くしてしている」
こちらは鯖江市内の老舗ベーカリー。店の初代はクリさんの父と兄弟で、店内にはクリさんが描いたバゲットの絵が。よく見るとパンの端が石になっています。
■ヨーロッパン キムラヤ 古谷副社長
「昔(1970年代)、バゲットを店で製造始めた時に、鯖江の方に召し上がってもらったら、石のようにかたくてカチカチのパンだと、皆さんから言葉をいただいたのを絵にしてもらった」
鯖江市の進徳小学校の校長室に飾られた大きな絵は、クリさんによる絵画教室で児童が描いたものです。晩年には、後進の育成にも積極的に取り組んでいました。
■クリヨウジさん
『若い人に託したい。年寄りは欲張っちゃだめ。ただ教えるだけだよ。生徒には個性の強い、誰にもまねできない自分のイメージできる作品を作ってほしい』
そんなクリさんの作品は、子どもたちにもおなじみです。
■児童
「(Q.久里洋二さんって知ってる?)うん。まなべの館に飾ってあるから」
■児童
「おもしろい。真似して描いてみたくなる」
■進徳小学校 市橋校長
「(まなべの館が)近いから、こども園のときから時々訪問する小学校でも、企画展があると見に行ったりしているので、うちの学校の子たちは絵を描くのが大好きだし、カラフルな色合いで描いている子がたくさんいる」
ふるさとに確かに残るクリさんの足跡。鯖江市では、クリさんの作品を後世に残すため、アーカイブ化を進めていて、今後公開することも検討しています。