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【解説】被災地輪島で開催 終戦直後に始まった伝統の美術展 文化の力で復興を

2024年7月16日 19:22
【解説】被災地輪島で開催 終戦直後に始まった伝統の美術展 文化の力で復興を

市川 栞キャスター
「北國新聞論説委員の野口強さんとお伝えします。よろしくお願いします。きょうはどんな話題でしょうか。」

野口さん
「第80回現代美術展輪島展が、輪島市の石川県輪島漆芸美術館で開かれています。震災からの復旧は道半ば、公費解体が進む被災地の真ん中での総合美術展の開催は、前代未聞と言えるでしょう。輪島は人間国宝の作家3人をかかえる国内有数の漆芸のまちです。祭りや朝市の伝統を絶やさないという気持ちと同じように、会場からは、能登の文化復興を願う美術作家の熱気が伝わってきます。」

「きょうのテーマは、こちら。」

「この現代美術展、石川の美術の水準の高さを示すように、地方で開かれる総合美術展では、群を抜いてレベルが高いことで知られています。」

市川
「1945年、終戦の年の10月に始まったんですよね。」

野口さん
「虚脱感の漂う中、食べ物も事欠き、「美術でごはんが食べられるか」という人もある中で、美術展を開催しよう、という発想で産声を上げた。そのこと自体、この地の文化の土壌がいかに厚いかを示しています。当時の金沢市の人口が25万人でしたが、金沢で開かれた第一回は19日間の会期中、4万人の鑑賞者が訪れた。」

市川
「終戦の混乱期であったことも考えると驚異的な数字ですよね。」

野口さん
「「戦後60日の奇跡」と言われました。この美術展で腕を磨いた県内の作家の中で、その後、人間国宝や芸術院会員という美術界の最高峰に上り詰めた人は多い。」

市川
「戦後の美術王国・石川を引っ張ってきた美術展と言えますね。」

野口さん
「実はこの第1回の現代美術展、4部門に136点が入選し、その多くは金沢からの出品でしたが、次いで多かったのが輪島から。工芸部門に17点が入選している。「文化の力」を復興のエネルギーにする底力はこの当時から輪島にあったんですね。」

「1つ目の、目からウロコです。」
「被災地に心の復興 芸術の灯 消さない」

「今年も能登半島地震に見舞われながらも4月に予定通り、金沢で開催されました。終了後には、本展を見逃した人のために、加賀から能登へと県内各地で、好例の巡回展を行っています。」

市川
「今年の巡回展は、地震で被災した七尾と輪島でも開催を予定していましたよね。」

野口さん
「七尾は会場が大きなダメージを受けたため、開催を断念せざるを得なかったんですが、輪島のほうは、去年、70年ぶりに巡回展が復活したばかりだったので、何とかつないでいこうという思いが強く、実現にこぎつけた。」

市川
「会場の漆芸美術館は元日以降、臨時休館していて、展覧会は今年に入って初めてなんですよね。」

野口さん
「正面玄関前が陥没したんですが、舗装して仮復旧した。館内の陳列ケースがかなり破損したことなどを考慮し、展示数は35点に絞ったということです。」

市川
「奥能登で受け継いできた芸術の灯を消さないという、地元の強い意志を感じますね。」

野口さん
「私もきのう現地へ行って見てきましたが、会場の隣の家では、雨の中、作業員が黙々と屋根瓦を修復していましたし、倒壊した建物があちこちにあって、ここが被災地であることが実感できました。今回は、人間国宝の前史雄さんが、工房と自宅が全焼して、避難先の金沢で作り上げた沈金の棗(なつめ)をはじめ、被災した作家が手掛けた作品が並んでいます。災害に打ちのめされながらも、それにあらがって生まれた作品に被災地で対面したら、どんな感情が沸き上がるのか。」
「係員の方に聞くと、去年の巡回展よりも入場者は多い印象で、ここでしかできない文化体験を求めて県外から訪れる人もあるそうですね。私自身、金沢と輪島で同じ作品を2回見る機会を得ましたが、被災して道具や工房が失われ、喪失感が漂う中で制作を再開し、気品ある作品を生んだ作家魂が、輪島展であらためて伝わってきました。」

「2つ目の、目からウロコです。」
「現美と朝市巡り輪島の黄金ルート?」

「直接関係ありませんが、少し離れた場所では、震災後、各地へ出張していた「輪島朝市」が、地元に戻って開かれています。カタチは違いますが、輪島を引っ張る芸術と観光の柱が、いよいよ本拠地で動き出すことになります。」

市川
「輪島の復興へ大きな前進ですよね。」

野口さん
「輪島展は、市民やボランティア、復旧活動に来た人にも見てもらおうと入場無料。現代美術展と朝市を巡って、復興のエネルギーを感じ取ってはどうでしょうか。」

市川
「ありがとうございました。野口さんの目からウロコでした。」

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