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震災で人口が半減した“クジラの町”…もう一度、賑わう町にできないか?1人の若者の思い

2025年3月16日 14:00
震災で人口が半減した“クジラの町”…もう一度、賑わう町にできないか?1人の若者の思い

震災で大きな被害があった石巻市鮎川で、地域を盛り上げようと地元に戻る決断をした1人の男性の取り組みについてお伝えします。

3月、石巻市鮎川で行われていたのはクジラ肉の販売会。
古くから捕鯨が盛んで、クジラの生態や歴史を紹介する博物館もあるこの地区。

クジラの刺身や赤身などが普段より安く販売され、地元の人や観光客らでにぎわいを見せていました。

鮎川はクジラの町として栄えていた

これは今から40年以上前の映像です。
クジラをモチーフにした大きなモニュメントに、クジラを活用したアクセサリーなどを扱う小売店。

大型のクジラが次々と水揚げされ、鮎川はクジラの町として栄えていました。

5000人以上いた住人は震災後、半分以下に…

しかし、東日本大震災によって町のシンボルであった「おしかホエールランド」は解体に追い込まれ、この地区を含めた牡鹿地区に5000人余りいた住人は半分以下になりました。

「もう一度、賑わう町にできないか?」

一度は地元を離れながらふたたび鮎川に戻ってきた男性がいます。
雫石彪真さんです。
中学校まで鮎川で生まれ育った雫石さんは。石巻市中心部の学校へ進学。
そこで東日本大震災が発生しました。

雫石彪真さん
「ラジオで流れてくる情報しかなくて、(鮎川は)何もないだろうなという気持ちの覚悟はしていました」

幸い、家族は無事でしたが、生まれ育った鮎川は津波で壊滅的な被害がありました。

雫石彪真さん
「がれきの山ばかりで自分の街とは到底信じられない気持ちでした」

その後、一度は仙台市内で就職した雫石さん。
しかし、帰省するたび気持ちが揺らぐ自分を感じていたと言います

帰省するたび気持ちが揺らぐ…地元に戻ることを決断

雫石彪真さん
「(地元に)来るたびに道路とか工事始まっていたり、街の景色も建物がなくなって。地元が好きだったので、何とか携わりたいなって思いはありました」

震災から9年が経った2020年。
町のシンボル・ホエールランドの復活を機に、雫石さんは地元に戻ることを決めました。

普段は施設の職員として観光客の案内などをする傍ら、クジラ肉の販売だけでなく、様々なイベントを企画しています。

雫石彪真さん
「半島の端に来て頂いたお客様。楽しんで帰ってもらいたいし、地元でもこのホエールタウンが中心となって、いろいろな楽しいことを提供できたらと思っています」

迎えたイベント当日。
朝から地元住民だけでなく、観光客などが行列をつくり、たのしそうな親子連れの姿もありました。

観光客
「刺身にして食べたいと思います。こういう(地元の魅力を)知る機会があるというのはいいと思います」

Q地元にとってクジラとは?
地元客
「なくてはならない。イベントはいいですね。やっぱり楽しみです。若い人たちがいるっていうのは活気あっていいですね」

町の新たなカタチを模索

元通りになるわけではない。
それでもこのまま黙っているわけにはいかない…

雫石さんは生まれ育った町の新たなカタチを模索しています。

雫石彪真さん
「やはりどうしても震災前とは街の形も違いますし、もちろん人口もかなり減ってますし、子供たちもかなり減っている中でこれから鮎川を魅力のある街。盛り上がってる町にしていってこれからもずっと誇れる地元であれるように力を尽くしていきたいなと思ってます」

最終更新日:2025年3月16日 14:00
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