息子の宿題を手伝ったら本格的に 子育て中の母親が戦争の語り部に(浜松市)
15日で終戦から79年です。年月が経つにつれて戦争を経験した人が減ってきている中、子育てをしながら「語り部」を目指す女性が浜松市にいます。そこには、母親として子どもたちに伝えたい思いがありました。
静岡市では、戦争で亡くなった人たちを追悼し平和を祈る式典が行われ、遺族らおよそ250人が花を手向け、黙とうを捧げました。
戦争を経験した人が亡くなったり高齢化したりする中、戦後生まれで語り部を目指す人がいます。浜松市に住む松澤美保さん(46)。昨年度、市が行った「語り部」を育成する研修を受けました。
松澤さんは小さいころ、同居していた祖母・つやさんから、よく“戦争の記憶”を聞かされていました。
(松澤美保さん)
「子どもの頃は『怖い』しかなくて、恐怖の話として聞いていました。そういうことが起こったら嫌だなというのは子どものころからずっと思っていたことで」
79年前の1945年6月18日未明に起きた浜松大空襲。軍需工場が集中していたことからアメリカ軍に狙われ、爆撃機・B29が落とした焼夷弾は6万5000発に上りました。街は一気に焼き尽くされ1157人が亡くなりました。
戦後生まれの松澤さんは高校生と小学生の2人の子どもを育てる母親でもあります。戦争の語り部を目指したのは去年、長男・壱知くんの夏休みの課題を手伝ったことがきっかけでした。
(松澤美保さん)
「B29がどのぐらい飛んできたのか、焼夷弾がどのぐらい落とされたのか、死傷者の数を調べたりしました」
取り組んだテーマは「浜松の戦争」空襲をうけた背景や被害の実態について調べる息子を手伝ううちに、“ある思い”を抱くようになりました。
(松澤美保さん)
「自分の子どもだけではなく、多くの子どもたちに戦争の悲惨さなどを伝えることができればな、という思いで応募してみました」
(長崎の写真など)原爆が投下されてから79年となった8月9日には2人で長崎にも行きました。戦争の語り部を目指すお母さんの姿を見て、壱知くんにも“変化”があったようです。
(長男・壱知くん)
「もっと戦争についてみんなが知ってくれるといいと思って、なるべく語り部からお母さんがもらってきた情報は友達に言って、広めている。戦争のことは自分も関わってみようと思って、尊敬というか・・・」
松澤さんは、戦争を経験した人から“語り継ぐ”準備を進めています。
(松澤美保さん)
「きょうお世話になります。よろしくお願いします」
この日、松澤さんが話を聞いたのは、野田多満子さん86歳です。
(野田多満子さん)
「こういうのを見るとね…。この通りの時代。(戦時中は)ドン!ドン!とたたいて『明かりが漏れている!』と怒られた」
(松澤さん)「まわってくる人がいるということですか?」
(野田さん)「そうそう」「明かりがあると上から狙われるというね。そういうのがあったんでしょうね」
野田さんは、7歳のときに浜松大空襲を経験しました。父はすでに亡くなっていたため当時は母と姉との3人暮らし。しかし、空襲で母を亡くし姉と2人、行く当てもなく戦災孤児となりました。
戦後、その経験を語ることはありませんでしたが、2年前、浜松市の企業が手掛けた人工知能=AIを活用した語り部システムのモデルを引き受けその記憶を後世に語り継ごうとしています。
松澤さんは、野田さんから直接、戦争の記憶を聞いて「語り部」として活動するための資料をつくっています。
(松澤さん)「夜中ですよね?空襲が来たのは。そのときは空襲警報が鳴って、飛び起きた?」
(野田さん)「親たちがすぐ逃げないとだめだと、飛び出して防空壕に行かないとだめだと思って」「空も真っ赤で一面火の海、火が見渡す限り目に入るところ全部火の海、私が家を出たとき、自分の家の前も燃えているわけでしょ。だからそこに立ったときはもう逃げ場がないと思ったんですよね」「両側の住宅地、道の両側は燃えているから火のトンネルの中を走ったような感じではないかな。いま想像するとね」
戦争が終わった後もよく夢でうなされたという浜松大空襲の記憶。自らの経験を語り継いでくれる“戦後生まれ”の語り部について野田さんは…
(野田多満子さん)
「人ごとではないということをわかってもらって、戦争のない世の中にね、今の子どもたちがこれからつくり上げていく社会なので、戦争のない方向にしていただきたいので、活動してくださる方には頭が下がります」
松澤さんは、仕事や子育ての合間をぬって、野田さんの証言をノートやパソコンにまとめています。準備を進める上で“意識していること”があるといいます。
(松澤美保さん)
「(対象を)小中学生ぐらいまでと設定して話を書いているので、あまりショッキングな描写にならないように、トラウマにならないように気を付けて」「そこがちょっと難しくて時間がかかるところ」
2年以上続くロシアによるウクライナ侵攻。そして、イスラエルのパレスチナ自治区・ガザ地区への攻撃など世界各地で紛争が続いてます。松澤さんが「語り部」として伝えたいことは?
(松澤美保さん)
「外国の戦争で子どもたちがけがしたり、亡くなった子を抱えて悲しむ親の姿、一人でもそういう人をこれ以上出してはいけないんじゃないかなと」「よっぽど興味があったりしないと自分たちで調べたり知ろうとはしないと思うので」「話を通じて知ってもらいたい」
早ければことしの秋から、浜松市内の小学校で語り部として活動を始める松澤さん。戦争の悲惨さと平和の尊さを子どもたちに伝えていきます。