【三条市】震災直後から避難者と故郷つなぐ情報誌 “最後の1人まで支援する” 1冊に込められた思い
震災直後から避難者とふるさとをつないできた情報誌が三条市にあります。発行が始まってまもなく14年。最新の号数は686を数えます。今、情報誌を作っているのは南相馬市から避難してきた男性。「最後の1人まで支援する」1冊に込められた思いです。
ふるさとで行われた伝統行事に、ちょっとしたうれしい出来事も。三条市に避難してきた人に向けた情報誌です。発行しているのは三条市の政策推進課。担当者の1人、田仲庄一さん(66)。この情報誌と出会ったのは、避難所にいたときでした。
〈南相馬市から避難 田仲庄一さん〉
「避難者ですから…(最初は)配られた方ですよね。最初の年に福島に帰る予定になっていたんですけれど、こちらに留まりました、いつの間にか14年」
南相馬市小高区で生まれ育った田仲さん。自宅が福島第一原発の半径20キロ圏内にあり、避難を余儀なくされました。
震災から3か月後、一時帰宅でふるさとに足を踏み入れましたがすぐには戻れないかもしれないと感じたといいます。その後、三条市で仕事を探し、市の職員として働くことになりました。
前任者の後を継ぎ、作り続けてきた情報誌。震災の1か月後から発行が始まり、その数は3月5日で686号を数えました。ページの最後には三条市に住む避難者の数を載せていますが、いま作っている誌面には、こんな変化がありました。
〈南相馬市から避難 田仲庄一さん〉
「減ったんです」
Q)減ったということは?
「三条にいた人が出ていったということ。やっと動きがでた」
3月11日、三条市で開かれた式典。式典の準備に追われた田仲さん。終了後、静かに手を合わせました。
〈田仲庄一さん〉
「毎回この日になると思い出す。会社の同僚がなくなっているんですけれどそのことは思い出します」
最大で815人の避難者を受け入れた三条市。いまも22世帯51人が暮らしています。震災の悲しみ、そして、避難生活の不安。そんな気持ちを少しでも和らげたい。この1冊が避難者に寄り添ってきました。
〈南相馬市から避難 田仲庄一さん〉
「いまだに地元のことを気にかけながら暮らしている人は多いと思います。最後の1人まで支援をするということでこれ(情報誌)がつくられている。こういう情報を届けることは大切なことだと思う」
最後の1人まで支援する。そんな思いが込められた情報誌が、きょうも避難者とふるさとをつないでいます。