【特集】「仕事一年生、父親も一年生」 1枚のポスターをきっかけに憧れのバス運転手の道へ 子どもが生まれた直後に転職を決意、その時妻は…人手不足で前途多難なバス業界に飛び込んだ新人ドライバーに密着
1日33万人超が利用している『京都市バス』ですが、現在、深刻な運転手不足に陥っています。そんな前途多難なバス業界に飛び込んだ新人ドライバーがいます。子どもの頃からの夢を諦めきれず、結婚後に思い切って転職。憧れのバス運転手デビューへの道のりを追いました。
■「完全に一般車両と違う…」2か月間にも及ぶ運転研修 バスの難しい基礎動作を何度も繰り返し体に…
2024年8月、初めて市バスを運転する研修に臨む京都市出身の山本学さん30歳。バスの運転に必要な大型二種免許は研修前に取得していました。
(京都交通局・田中直人教官)
「まずはこの車両に慣れていただく。これがまず基本になるので。まずは走ってみましょう」
(山本さん)
「発車します」
(田中教官)
「しっかりと確認してね」
バスの運転技術を習得するために基礎的な動作を繰り返します。
(田中教官)
「それくらいでずっと、アクセルそのままで、(アクセルから足を)離して、左確認して指示器出して、ブレーキングしていきましょう。…今の速度で行くと、もうちょっと手前のブレーキを浅めに」
次はバス停に見立てた緑色の三角コーンの前に、バスを停車させる練習です。
(田中教官)
「はい、真っすぐ行こう。真っすぐ行ってください」
停まり方には腕の良し悪しが出ます。少しぎこちないですが、何とか決められた位置に停めることができました。
(田中教官)
「バス停に寄せるとなると、ブレーキ意識するよね。より近づけてあげないと、我々の仕事というのは、バス停にちゃんと着けてあげることが大事なので」
(山本さん)
「難しいのは、ブレーキです。完全に一般車両と違う。ちょっと踏むだけで、結構バンッていうふうにブレーキが強くかかってしまうので、そこが一番難しかったです」
研修はみっちり2か月間あり、努力の日々が続きます。
■きっかけは1枚のポスター…結婚しても夢を諦められず転職 子どもが生まれた直後の決断に、妻はー
この日は初めて公道を走る研修に臨みました。まだバスにお客さんは乗っていないとはいえ、山本さんの顔には緊張感が滲みます。
今回、バスで走るルートは、観光地やホテルと住宅地が混在し、とても交通量が多い場所です。これまでの私有地での練習とは違い、刻一刻と変わる道路状況に合わせて運転をしなければならず、一瞬も気を緩めることはできません。
(教官)
「ここ、かなり駐車車両があります。停留所に着ける時は十分注意して」
路上駐車が多いのも京都の事情。決められた場所に止まれているのか、自分の目で確認します。
(山本さん)
「もうちょっと前かな。全体的に僕、こっちに寄ってますよね。もうちょっと前に行ったらいい感じか」
まだ、正確な位置に止めるのは難しいみたいです。
町中に出ての研修を終えて、課題もいくつか見つかった様子の山本さん。
(山本さん)
「喉カラカラや。緊張しました。初めての公道やったので。市内ってなったら人も歩いている、車もある、バイクも来る。だいぶ緊張しますね」
黙々と研修に取り組んでいる山本さんですが、ベテラン運転手の先輩たちはどう思っているのでしょうか。
(京都市交通局九条営業所・峯田敬也主任)
「スーパールーキーですよ。さっきも言ってましたけど、『辞めんといて』って(笑)。最後まで、定年までいてほしいけどね。頑張って」
2024年9月、『京都市交通局』は運転手不足で市バスのダイヤや路線を維持することが難しいと、『非常事態宣言』を出しました。このままでは減便などを検討せざるを得ないといいます。
(京都市交通局運輸課・小寺一郎課長)
「ダイヤを運行するのに、880人が必要になりますが、それに対して50人足りない。(原因として)大型二種免許を持っていらっしゃる方が、年々減っておられるということがある」
警察庁の『運転免許統計(令和4年版)』によると、バスの運転に必要な大型二種免許の交付件数は、“若者の車離れ”などもあり、年々、右肩下がりになっています。4年で4割程度も減っているのだとか。
まずは、大型二種免許を取りやすくするために、交通局は費用を負担する取り組みなどを7年前から始めています。
山本さんも、その募集を見て申し込んだうちのひとりです。
(山本さん)
「(ドライバー募集の)ポスターを見つけたときです。ポスターに出会ってしまったので、そこからはバスの運転手しか見えなかったですね」
小さいころからバスが好きだった山本さん。しかし、大学卒業後は、バスや車とは無縁の、製造業の会社に就職。2022年に結婚するも、どうしても幼いころからの夢を叶えたくなりました。バスの運転手に転職したいと伝えた時の家族の反応は―。
(山本さん)
「結構良い顔していましたよ。奥さんも新しいことチャレンジするのが好きなので、『頑張ったら』みたいな」
2024年8月には、待望の第一子も生まれました。そんなタイミングでの転職を聞いた妻の流泉さんは…。
(妻・山本流泉さん)
「マジか、と(笑)。仕事一年生、親一年生、どっちとも頑張っていければなと思って、背中を押したつもりです」
一人前のバス運転手になるために必要なのは、運転技術だけではありません。
(山本さん)
「これから路線・バス停の勉強にいきます」
研修終わりの夜には、バスが運行しているルートを車で回るといいます。道やバス停の位置を間違えないよう、頭の中に路線図を叩き込みます。
(山本さん)
「河原町は、バス停が結構ややこしくて、メチャメチャ分かれているので、止まるところを間違えたらえらいことになる。人の命を預かる仕事なので、頑張らないと」
研修も大詰めを迎えたこの日、初めて町中でお客さんを乗せることに。隣に指導員がついて実際に運行しているルートを運転することになりました。
(山本さん)
「お待たせいたしました。金閣寺道到着します」
(山本さん)
「サンキュー・ソー・マッチ。ありがとうございます」
外国人観光客への対応もそつなくできているようです。
(山本さん)
「楽しかったです。今までお客様を乗せていないから、『ありがとう』みたいなのが無かったんですけど、今回初めてそういう経験して、『ありがとう』っていいですねって思いました」
■試験を乗り越えついにドライバーデビュー!「ダイヤの一つを任される存在になれた」内緒でバスに乗り込んだ妻は―
2024年10月、迎えた試験の日―。
(山本さん)
「だいぶ緊張しますね。奥さんは起きて『頑張って行って来い』って言ってくれました」
(教官)
「ただいまから、第172期に対する本務試験を初めていきたいと思います」
課題だったバス停での停車は、しっかり停留所に寄せることができ、問題なさそうです。
その後も、山本さんは大きなミスもなく試験を終えました。そして―
(自動車部・部長)
「山本学。運転手を命ずる。自動車部九条営業所勤務を命ずる」
(山本さん)
「無事に合格できて、ホッと出来ていますけど、これからの不安がすごくありますね」
そして、一人での運行が始まりました。
河原町や金閣寺がある繁華街や観光地を巡る路線などを担当することになった山本さん。するとこの日、転職を後押しした妻の流泉さんが、山本さんに内緒でバスに乗ろうとやってきました。
(妻・流泉さん)
「ちゃんと運転できているのかなって心配と、楽しんで運転できる姿が、今日見られればうれしいなと思って、ドキドキです」
山本さんが運転するバスが、流泉さんの待つバス停に到着しました。流泉さんの存在には全く気付いていない様子で、そのまま出発。
しばらく運転した後、ようやく流泉さんの存在に気付いた山本さん、思わず笑顔に―。
29歳で転職し、憧れの市バスの運転手として一歩を踏み出した山本さん。
(山本さん)
「まだまだ一人前には、ほど遠いなと思っていますけど、ただ、ダイヤの一つを任される存在になれたっていう部分に関しては、ちょっと力になれている部分はあるのかなって思います」
(「かんさい情報ネットten.」2024年11月25日放送)