『私は検察に殺された』組織内の性犯罪で“二次被害”なぜ起こる? 女性検事は大阪地検元トップから…元競輪選手の女性は先輩の有名選手から…被害訴える声に牙をむく“セカンドレイプ”の実情

組織の中で起こる性犯罪では事件そのものの被害だけではなく、意を決して被害を公にした後も誹謗中傷に晒されるなど、被害者が周囲から傷つけられるケースが後を絶たない。
心の傷を深める二次被害、“セカンドレイプ”はなぜ起こるのか。大阪地検元トップによる事件や、競輪界で性被害を訴える元選手の取材を通して、絞り出した声に牙をむく性犯罪のセカンドレイプの実情を伝える。(取材・報告:丸井雄生)
■“性的暴行”元検事正「組織が立ち行かなくなる」口止め求める手紙も…
2024年6月、逮捕の一報で事件は明るみになった。
大阪地方検察庁の元検事正、北川健太郎被告(65)。準強制性交の罪で起訴された。
起訴状などによると、北川被告は検事正在任中だった2018年9月、酒に酔い抵抗するのが困難だった当時の部下の女性検事・Aさんに対し、性的暴行を加えた罪に問われている。
今も現役の検事であるAさんは、読売テレビのインタビュー取材で、「検察のトップで最も検察官として法律を守って人を傷つけない行動を示さないといけない人だったはず。その人が泥酔した部下に“レイプ”しているわけで、許せないという気持ち。でも、自分は処罰できなかったから、当初はすごくそこが悔しい」と語った。
検察の冒頭陳述などによると、北川被告は自身の検事正就任祝いを兼ねた懇親会で、泥酔したAさんをタクシーに押し込んで自らの官舎に連れて行き、犯行に及んだとされている。
Aさんは5年以上もの間、被害を申告できなかった。その理由の1つとして、北川被告が口止めを求めた手紙の存在が明かされた。手紙には次のように記されていたという。
北川被告からの手紙
「この被害を表ざたにすれば、私は自死するほかないと決意している。大阪地検の検事正による大スキャンダルとして、組織は強烈な批判を受け立ち行かなくなるので、私の命に代えてやめていただきたい。あなたも属する大阪地検のためということでお願いする」
心的外傷後ストレス障害=PTSDと診断されたAさんは、休職も余儀なくされた。
去年10月の初公判の後、Aさんは初めて公の場で胸の内を語り、涙ながらに「被害を受けてから約6年間、本当にずっと苦しんできた。もっと早く罪を認めてくれていたら、もっと私は早く被害申告ができてこの経験を過去のものとしてとらえることができて、また新しい人生を踏み出すことができた」と訴えた。
■明かされた同僚からの“誹謗中傷” 検察関係者が示す検察組織に対する危機感
Aさんの訴えは、事件そのものの被害だけにとどまらなかった。
北川被告の逮捕後、Aさんが徐々に職場に復帰しようとしたところ、北川被告の元秘書である女性副検事(50代)が「金目当ての虚偽告訴だ」などと周囲に広めていたという話を知らされたのだ。副検事は事件直前に飲食をともにしていた同僚だった。
会見でAさんの口から発せられたのは、「私は検察に殺されたと思っています」という言葉。正義を掲げる検察組織の姿勢にも、疑問を投げかけている。
女性検事Aさん
「一人でこの被害や傷を抱えて誰にも言えずに耐えてきたこと、どれほどの覚悟を持って被害申告したのかということを、副検事も検事ですから分かってるはず。被害者がどれだけ苦しんでいるか、それを何とか『助けてください』と言っているのに、検察組織が適切な対応をしない。私は大好きだった検察庁から何度も何度も何度も何度も傷つけられて、自分は検事の仕事がしたいだけなのに…」
Aさんは、副検事が北川被告に捜査情報を漏洩した疑いがあるとして、2024年10月、国家公務員法違反や名誉棄損などの疑いで刑事告訴・告発した。
北川被告とAさんをともに知る元検察幹部は読売テレビの取材に対し、「女性検事の保護が最重要課題だ。検察庁は個人犯罪との位置付けで対応しているように感じるが、組織内でハラスメントが行われている状況があるので、組織的な対応をきちんとすべきだ」と、組織の非常事態への危機感を示した。
■競輪界で“性被害”訴えも…「被害を信じてもらえない」追い詰められた元選手
兵庫県内に住む元競輪選手の女性・Bさん。彼女もまた、性被害を訴えた後、組織内で“二次被害”を受けたと話す。
2021年10月、Bさんは先輩だった男性選手からの誘いを断れず、2人で酒を飲んで泥酔状態になり、ホテルで性的関係を強要されたと訴えている。
その後、PTSDと診断され、生きがいだったレースにも出られなくなり、所属する日本競輪選手会に被害を相談したが、「判断できない」と突き返された。
周囲からは「嫌だったら普通断る」「どっちが本当のことを言っているか分からない」といった心無い言葉が聞こえてきたという。Bさんは「信じてもらえないのだと思った。まずは被害者の声を聞いてほしかった」と苦しい胸の内を明かす。
追い詰められたBさんは、自ら命を絶とうと試みた。その際、命をつなぎとめたのは、自身が競輪を始めるきっかけとなった同じく元選手の父親だった。
Bさんは「その時に初めて父親に性被害の全てを話せた。父親は『そんな風になるまでなんで言ってくれへんかったんや』と言っていて、父親が一番ショックだったと思います」と当時を振り返る。
2024年10月、男性選手や選手会に対し損害賠償を求めて神戸地裁に民事裁判を起こした。いずれも争う姿勢を示し、男性選手は「同意があった」などと主張している。
被害届も受理されて警察が捜査を進める中、男性選手の代理人は「取材には応じない」としている。
同月、Bさんは志半ばで選手人生を終えた。一方、男性選手は変わらずレースで走り続けている―。
元競輪選手のBさん
「本当に許せない、加害者が。私は体の一部のような競輪がなくなったのに、加害者からはそれは奪われずに今も走り続けていることが本当に悔しくてたまらない」と涙ながらに話した。
■相次ぐ“セカンドレイプ”…専門家「共同体に対する一種の裏切り行為と捉えられる」
組織内での性犯罪で、なぜ二次被害は起こるのか―。
組織論に詳しい同志社大学の太田肇教授は、「日本の組織というのは“共同体型組織”と呼んでいるが、個人の人権よりも共同体の存続、あるいは共同体の利益というものを優先してしまう。訴える者が、いわば共同体に対して一種の“裏切り行為”と捉えてしまって、このような誹謗中傷のような形で表れる」と指摘する。
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勇気を振り絞って“性被害”を公にした女性検事・Aさんが、再び打ちのめされる事態が起きた。
初公判で起訴内容を認め、謝罪の言葉を述べていた北川被告が、一転して『無罪主張』に転じる方針を弁護人を通じて示したのだ。
さらに、Aさんが刑事告発していた副検事の情報漏洩や名誉棄損の疑いについて、大阪高検が19日、刑事処分を決定した。下されたのは「嫌疑不十分」や「罪にはあたらない」とした『不起訴』処分だった―。(つづく)
※後編「“無罪主張”に転じた元検事正と罪に問われなかった“二次被害”」は23日(日)午前9時に配信します。