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【特集】「仕事がない、何もできない、学もない」元力士が引退後に直面する“セカンドキャリア”問題 次なる“土俵”は『介護職』から『お笑い芸人』『力士専門芸能プロ』まで…多様化する選択肢とそれぞれの挑戦を追う

2024年2月17日 11:00
【特集】「仕事がない、何もできない、学もない」元力士が引退後に直面する“セカンドキャリア”問題 次なる“土俵”は『介護職』から『お笑い芸人』『力士専門芸能プロ』まで…多様化する選択肢とそれぞれの挑戦を追う
若くして引退する力士の“セカンドキャリア”を考える

 日本の国技とされる『相撲』。力士の多くは、30歳前後で引退します。そんな彼らを待ち受けるのは、“仕事がない”という現実です。しかし、困難を乗り越え、強靭な体と精神力で第二の人生を切り開く元力士たちも。クリーニング店や介護職から、お笑い芸人、力士専門の芸能プロダクションまで…多様化する引退力士たちのセカンドキャリアと、それぞれの思いを追いました。

「社会を舐めて見下していた」 長続きしない仕事…助けてくれた“家業”の存在

 宮崎大介さん(46)は、「戎浪」という四股名で相撲を取っていた元力士。現在は、父親が営むクリーニング店で働いています。

(宮崎大介さん)
「アイロンがけは、一日50~60枚ぐらいと違います?暑いです!」

 朝7時には店に顔を出し、アイロンがけに始まって、午後は配達。遅いときには、夜9時まで働きづめです。

 奥さん手作りのお弁当も、配達途中の車の中で取ります。

Q.意外に小食ですね?
(宮崎さん)
「これでも多いほうです。食べられないようになりました。今で、85~87kgぐらい。現役のときは、最高で150kgぐらいありました。トレーニングしたわけではないけど、自然に痩せました」

 もともと、野球少年だった宮崎さん。相撲に興味を持ったのは…。

(宮崎さん)
「ちょうど元若乃花関で、相撲人気があったじゃないですか。体力的には自信があったので、じゃあやってみようかなと」

 中学を卒業すると同時に、相撲の世界へ。親の反対を押し切っての決断でした。

(宮崎さんの母・節子さん)
「体が壊れる世界だし、相撲部屋に入ったら、自分の子どもであっても子どもでなくなるでしょ。息子が入ってくるとき、咳払いするんです。それでわかる、息子が通路にいるというのが。胸がドキドキするから見ることすらできなくて、あれがツラかったです」

 宮崎さんは9年間土俵に立ち続けましたが、ケガも多く、23歳のとき、骨折を機に引退を決意しました。

(宮崎さん)
「とりあえず、やめることが頭にあって、やめてから何をしようかというのは、全く頭になかったです」

Q.社会に出て、ギャップは感じましたか?
(宮崎さん)
「そりゃあ感じますよ。相撲界の常識は、世間の非常識ですから。世間では23~24歳はまだ若造ですけど、相撲界では結構“兄弟子(あにでし)”なんです。洗い物やちゃんこの準備は下の子がやってくれるから、自分らみたいな兄弟子は、ほぼ何もしない。それで楽を覚えているから、社会を舐めていたというか、見下していたというか…」

 引退後、配送などいくつかの仕事をしましたが、いずれも長続きせず、母親の声掛けで家業を継ぐことにしました。

(宮崎さん)
「それを考えたら、自営業の息子で良かったなと思います。俺からしたら、こんな最強な親父おらんなって。親もええ年やから、継げたら継いで、長続きすれば良いなとは思っています」

「相撲ショー」から「介護職」まで 引退力士を手助けするのも、“元力士”

 東京都内の居酒屋で、海外からの観光客らが大盛り上がり。行われているのは、引退した力士による「相撲ショー」です。日本文化を広く知ってもらおうと、ツアー客を相手に元力士たちがショーを開催しています。

(観光客)
「とても面白くて、エキサイティングなショーでした」
「プロによるリアルな取組で、とても興味深かったです」

 出演しているのは、元「魁ノ若」・久門尚弥さん。2022年に引退したばかりです。

(元「魁ノ若」・久門尚弥さん)
「年も44だし、43歳でやめたんですけど、体も結構ガタが来ていて」

 そんな久門さんが所属しているのが、力士専門の芸能プロダクション「スモプロ」です。

(スモプロHPより)
ただの大きな人間ではありません。
元お相撲さんのスタッフが、親切丁寧に応対させていただきます。

 主宰するのは、こちらも元力士。元「若天狼」・上河啓介さんです。

(元「若天狼」・上河啓介さん)
「ちゃんこ店・料理関係や整体治療など、引退後はそういった関係に進む方が多いですけど、いろんな仕事が世の中にはたくさんありますから、いろんなことに携われるようにとは思っています」

 上河さんは他にも介護施設の運営をしていて、元力士たちを雇用しています。

(元「若兎馬」・山田裕三さん)
「いーち、どすこ~い!にー、どすこ~い」

 体操に四股の踏み方を取り入れるのも、力士ならでは。

(山田さん)
「これ、やるだけで強くなった気がしますよね?そんなことない?(笑)」
(介護施設の利用者)
「ない(笑)」
(山田さん)
「今から土俵入りしますよーみたいな」
(介護施設の利用者)
「やめてよー(笑)」

(山田さん)
「相撲という仕事をやめたあと、何もなかった。仕事がない、何もできない、学もない、というところで悩んでいたときに声をかけていただいて、そこから介護のほうに。相撲取りをやっていたときって、高齢者の方に応援していただいていました。恩返しというわけではないですけど、お役に立てるのではないかなと思っています」

(元「貴浦太」・三浦雄吾さん)
「工場の警備員を10年やっていました。見栄えとかでけん制するのが大切なので、本当に必要とされていると感じるところはあります。周りの方から『ありがとう』という声をもらえると、ちゃんとやれているなという実感に繋がります」

 さらに、上河さんは新たに、引退する力士の就労を支援しようと『力士セカンドキャリア推進協会』を立ち上げ、若くして引退しても働き続けられる環境を作ります。

(上河さん)
「ひとつのスポーツを一生懸命がんばった後に、次の人生は自分で考えないといけない。そのときの手助けになれれば良いな、という思いです」

“第二の人生”広がりつつある選択肢…選んだ道は”お笑い芸人”「相撲界に恩返しできたら」

 力士のセカンドキャリアの選択肢は、少しずつ広がりつつあります。引退後、不動産の仲介業をしながら国家資格の取得を目指している人もいれば、タクシーの運転手として働く人も。

 さらに、元力士は“お笑いの世界”にも。吉本興業所属のお笑い芸人・めっちゃさんは、中学校卒業と同時に入門し、「安大ノ浪」の四股名で3年間土俵を務めました。

 引退は、少し早めの18歳。翌年、吉本興業の養成所に入所したのには、あるきっかけがありました。

(めっちゃさん)
「相撲の新年会で“かくし芸”をせなあかんかったんですけど、後援会の人のモノマネをして優勝したんです。『新弟子で優勝したのは、おまえが初めてや』って親方たちに言われて、それで気持ち良くなって、相撲の稽古より笑いのほうにどんどん走っていきました。それで、相撲をやめたときに人を笑かすというのが根底にあって、『じゃあ吉本の養成所に行こ』みたいな感じで(笑)」

 拓けたのは、思いもよらなかった新たな道。普段は一人芸ですが、この日は即興で漫才を披露しました。相撲を取り入れたネタで、客席は笑いに包まれます。

Q.相撲が、今の芸人生活に役立っていると思いますか?
(めっちゃさん)
「めちゃくちゃ役立っています。相撲のネタでやっている奴おらんなって思うし。相撲界に、いろんな方向から恩返しできればと思います」

 土俵を去っても、相撲時代に培った強靭な身体と粘り強さで、さまざまな困難を乗り越えてきた元力士たち。第二の人生に、夢が溢れます。

(めっちゃさん)
「力いっぱい夢いっぱい!はっけよーい、のこったー!」

(「かんさい情報ネットten.」2023年11月10日放送)

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