松本明子、“実家じまい” で得た価値観 「高価なものは持たなくなった」
松本さんは仕事が軌道に乗った27歳の時に、実家の香川・高松市から、両親を東京に呼び寄せたそうで、実家はそれから約25年空き家になったといいます。
空き家を維持し続けた理由は、病床に伏せていた父の『実家を頼む、明子』という言葉だったそうです。父の言葉を重く受け止めた松本さん。空き家を維持するために費やした税金や保険料などの総額は25年間で1000万円を超えました。
松本さんは険しい顔で「もっと早くに(実家の整理・処分について)やっておけばと後悔するばかりです。もっと早く家族、両親と実家をどうするべきか、早く道筋を相談しておけば良かったな」と振り返りました。
■松本さん「私が解決しないと…」“実家じまい”を決断
迷っていた松本さんですが「私の主人に『実家のことを真剣に考えた方がいい』と言われたのと、私が亡くなった時に息子がこの問題をどう思うのだろうと考えて、私が解決しないといけないと思いました」と決心した理由を語りました。
そして、いざ“実家じまい”する際に苦労したのが家財道具の整理だったそうです。「2トントラックで10往復分の家財を自分と知り合いの2人で処分した。業者にお願いすると100万円近くかかるし、両親の思い出の品、全部に目を通して仕分けしました」と、泊まりがけで行ったことを明かしました。
また使えそうな家財や、価値のありそうなものを買い取りに出したそうですが、二束三文だったと言います。さらに両親にプレゼントした、ものまね番組の優勝トロフィーについて松本さんは「トロフィーも値段がつかなかったですね~」と笑いを誘い、東京にまた持ち帰ったことを明かしました。
松本さんは最後に「実家の処分が学びになったので、息子には同じ思いをさせたくない。負の遺産を残さないように、高価なものは持たなくなった」と自身の考えを示しました。