戸田恵子 第一線で活躍し続ける仕事論【伊藤遼の声優 一答遼談】
【戸田恵子プロフィル】
1957年9月12日生まれの65歳。愛知県出身。テレビドラマ『ショムニ』や、映画『ステキな金縛り』など、俳優として活躍し、『スイート・チャリティ』、『踊れ艦隊のレディたち』など、数多くのミュージカルにも出演。一方、アニメ『それいけ!アンパンマン』のアンパンマンや『ゲゲゲの鬼太郎』(三作目)の鬼太郎、『きかんしゃトーマス』のトーマスなど、声優としても活動している。
■戸田恵子「オタオタするばっかりだった」 声優としての新人時代
――戸田さんが声優をやることになったきっかけはなんですか?
私は元々歌手でスカウトされて、東京に来て10代を過ごしたんですけど、もう全然歌手で売れなくて、劇団に入ることになったんですね。劇団に入って食べる手段として、何かやらなくちゃいけない。アルバイトしなくちゃいけないということで、うちの劇団のボスが野沢那智さんというアラン・ドロンの声でとても有名だったんですけど、声のお仕事をするという道をボスがつけてくれて、声優の養成所もない時代で、劇団でそういうことを教わっている訳でもないので。とにかくスタジオに放り込まれて、ここで食べていけるなら、「その役者として同じしゃべる職業で食べるようになれたらいいね」ということで、自分の意思とは関係なく、“食べる手段”として道をつけてもらったって感じです。
――戸惑いはありませんでしたか?
例えば、マイクの前のどのぐらいの位置に立ったらいいのかとか。スタジオにマイクが何本かあって、どこに私は立てばいいのかとか。そういうスタジオのマナーすらわからなくて、大抵主演の方が使うマイクってあるんですよ。でも、それがどれなのかもわからないし、マイクの距離感とか全然わからなくて、オタオタするばっかりでした。
■アンパンマンの声優として35年 秘話明かす
戸田さんの代表作といえば『それいけ!アンパンマン』。35年間、アンパンマンの声優を務めてきました。
――どういうきっかけでアンパンマンの声優をやることになりましたか?
すでにオーディションがあったらしいんですけれども、なかなかアンパンマンが決まらず難航していたということで、監督さんと(原作者の)やなせたかし先生が私の宣材テープ(声のデータ)を聞いて、「あ、この人でいきましょう」っていうことになったと聞いています。
――最初にアンパンマンを演じられていた時と今を比べて、意識の変化はありますか?
絵本を見て、アンパンマンの存在は知っていたんですけれども、最初はほかのアニメーションのお仕事と同じように、一つのお仕事としてお受けしていたんですが、半年、1年、3年、5年、10年って続いていくうちに私だけではなくてチームみんなが、もしかして、永久に続くかもしれないみたいな気持ちになってきて、これは大きなものを与えられたと、私たちの中では認識していまして、特に原作者のやなせ先生とお仕事でご一緒するようになってから、その“やなせイズム”というか。やり始めた当初より、優しい成分がアンパンマンにはいっぱい入ってきたんじゃないかなと。ヒーローなので、もちろん戦ってアンパンチとかいろいろありますけど、そうじゃない部分の普段の生活の中での優しさとか、人を助けるとか、そういったことにより気持ちが注がれるようになったような気がしますね。
――それが“やなせイズム”ですか?
ちょっとシュールだとは言われるけど、自分の顔をちぎって、やっぱりお腹をすかせた子に食べさせてあげるっていう行為がね。それをすると、自分の体は弱ってしまうんだけれども、それがわかっていても、誰かに何かしてあげたいという気持ちがあるというヒーローなんですよね。
■現場で何度も確認 自分が演じたキャラクターに「いい人なんですよね?」
そして、戸田さんが今回出演したのが俳優の賀来賢人さんと浜辺美波さんが主人公の声を務めた、アニメ映画『金の国 水の国』。敵対する2つの国を舞台に立場の違う2人が偽りの夫婦を演じることで、国の未来を変えていく物語で、戸田さんは主人公・サーラの姉で金の国の第一王女・レオポルディーネを演じています。
――作品についてどう思いましたか?
意外と政治的なお話でもあるなって思ったし、いろんな要素が取り込まれているお話だなと思いました。でも、すごく見終わった後、とても感動したので、温かい作品なんだなと思いましたね。
――演じられたレオポルディーネについてはどのように感じましたか?
キャラクターを見た時にちょっと怖そうっていうか。ちょっと強い女性って感じますよね。もちろん強いことは強いんですけれども、強さの中にもやっぱり国のことをすごく考えている人なんだなというところもあり、強いばかりが出てもいけないなとも思いました。
――私も敵なのか味方なのかわからなくて、ドキドキして最後まで見ていました。
ちょっとミステリアスでもあるし。でも、現場でも(監督に)聞いて、「いい人なんですよね?」とか、何度も確認して、そこは間違えないようにやらせていただきました。
■「気持ちがいっぱい動いていないと…」戸田さんが声優として大切にしていること
――俳優業と声優業の違いはなんですか?
声優のお仕事も俳優の仕事の中にあると思っているので、いろんなテレビドラマも映画も舞台も声優の仕事も生きのいいセリフをしゃべる仕事には変わりはないんですよね。ただ、そのルールがやっぱり絵に合わせなくちゃいけないとか、尺を合わせなくちゃいけないというのは、アニメとか外国映画の吹き替えに約束事があって。テレビはフレームに映らなきゃいけないという約束事があって、舞台は全面に見られているという、そういうお約束があって。みんなそれが違うだけで、根本的にはいいお芝居をする、いいセリフをしゃべるということには変わりはないと思っています。
――声優だからこそ表現できるものはありますか?
架空のものを演じますよね。例えば、アンパンマンだったら空を飛ぶとか、顔をちぎってあげるとか。トーマスみたいな機関車がしゃべるとか、ありえない状況があると思うんですけど、そういう時に声をつけたりするのは、アニメーションの面白さでもあったりします。戦いの時に声を出すのは、リアルに考えたら声ってそんなに出ないんだけども、出さないと雰囲気が分からないから、“ハッハ”とか声を合わせたり、ジャンプするときに声出したりとか、アニメーションならではだったりする。普段ではちょっとあり得ないことで、架空のシチュエーションがあるので、だからこそウソっぽくならないように、なるべく心がけたいですね。
――声優として大切にしていることはなんでしょうか?
やっぱり、なり切る気持ち。キャラクターを愛する気持ち。どうしても体を動かさない分、ちょっとイージーにできてしまうかもしれないっていうところが陥りやすいところで、その分、気持ちとかがいっぱい動いてないと声にのらないというか。その部分を忘れずにやっていけたらいいなって思っています。
35年にわたり子供たちのヒーローを演じてこられた戸田恵子さん。戸惑いもあったという新人時代のお話を聞き、レジェンドにもこういう時期があったのかと、親近感を覚えました。
俳優としてのイメージも強い戸田さん。俳優も声優も約束事は違えど“生きのいいセリフをしゃべる仕事に変わりはない”という考えにハッとさせられました。俳優と声優と分けてしまいがちですが、根本の“いい演技をする”という共通点は揺らがないのだと、無意識に線引きしてしまったのは見ている我々だったのだと気づかされました。
柔らかく温かい雰囲気をまとう一方、強く芯のある『生きた言葉』を話される戸田さん。声優として何よりも大事にされている、“なり切る気持ち、キャラクターを愛する気持ち”は、これからも子供たちに優しいヒーローとは何かを伝え続けるのだと感じました。
企画・取材:日本テレビ 伊藤遼