中小企業支援を大企業の課題に 日商の思惑
■中小企業 賃上げの実態は…
防衛的賃上げ。つまり、本来は“企業が十分な利益を出せているから従業員に対して賃上げをする”となるべきところ、そうではなく、“人手不足の中で、賃上げをしないと従業員が辞めたり、仕事への意欲が落ちて生産性が落ちたり、新規の人員の採用が難しくなったりする”から行う賃上げ。これを日本商工会議所を中心に“防衛的賃上げ”と呼んでいる。
この防衛的賃上げ、現状はどうなっているのだろうか?日本商工会議所は2019年末に中小企業約2000社の賃金動向に関する調査を公表した。調査によると、2019年度に賃上げした企業は58.6%(予定も含む)。しかし、賃上げした企業のうち、「業績が改善しているから」賃上げしたという企業は33.3%にとどまり、業績は改善していないが“防衛的賃上げ”をしたという企業が66.7%で前年度よりも5.4ポイント増加した。
賃上げした企業のうち実に7割近くが、身を削って賃上げしているということになる。さらに調査では、賃上げした企業から「人件費の増加分を販売価格に転嫁できないため、利益の減少に歯止めがかからない」(札幌市の食肉卸売業)などの声があがっていることを紹介している。
■ボーナス過去最高の大企業一方、中小企業の利益は…
一方の大企業。年末に発表された経団連の調査では、ボーナスの額は過去最高に。大手企業150社、およそ88万人の冬のボーナスは平均で95万1411円となった。“大企業が好調なら時間差はあるがその下に連なる中小企業、取引先にも好影響が及び、全体が好調となる”といった理論。これは2013年に日本銀行が大規模な金融緩和策をとり、円安、株高が進んだころから言われてきた理論だ。
その理論に対し、当初「海外との取引が多い大企業はうるおうが、中小企業には恩恵が来ない」という声があがった際、我々の取材でも、大企業の経営者たちから「2~3年はかかるかもしれないが、中小企業にも経済効果は波及する」という声が聞かれた。確かに、中小企業でも売上高は増加傾向にある。しかし、2019年の中小企業白書の分析によれば、売上高の伸びは大企業も中小企業も同じように推移しているのに、中小企業では人件費などコストの増加幅の方が大きいため、結局、経常利益は前年比でマイナスとなっている。
このことについて白書は、「中小企業が仕入価格を販売価格に転嫁しきれていないことが考えられる」と指摘している。つまり、中小企業が人件費や材料費など、コストが増加した分を、企業間の取引の際に十分、上乗せできていないということだ。
■中小企業と大企業 今後の関わり方
企業間の取引価格は円高、デフレ時代にずっと低く抑えられてきて、状況が変わっても弱い立場の中小企業はなかなか値上げ交渉ができないという。長年、日本商工会議所や中小企業庁が改善を呼びかけ続けているにもかかわらず、取引価格の適正化はまだ十分進んでいないということだ。
日商の三村明夫会頭は2020年の年頭所感で次のようにコメントした。「日本全体の雇用の約7割を占める中小企業の強化なくして、わが国の持続的な経済成長はあり得ない」。
このことから、三村会頭は「大企業と中小企業の新しい共存共栄関係の構築」を最重要の取り組みとして掲げている。具体的には
・大企業と中小企業が、取引価格の適正化を通じてコストを公正に負担し合う。
・大企業が、中小企業の生産性向上などを支援する。
こうしたことを大企業が「自社の課題」として進めることで、日本経済全体の成長基盤が確かなものになるという考え方だ。
日商は全国124万の中小企業が加盟する団体。その会頭を務める三村氏は、日本最大手の鉄鋼メーカー日本製鉄(旧・新日鐵住金)の名誉会長、つまり長年、大企業側にいた人物だ。大企業出身の三村氏だからこそ、今回、中小企業の成長支援に大企業の主体的な関与を促す構想を掲げていることには説得力がある。
東京オリンピック・パラリンピック後の景気に不安感も漂う中、三村会頭の手腕が試される。