軽自動車が「国民車」であり続けるためには
■「日本の国民車」軽自動車
今、日本で最も売れている車をご存じだろうか?それはホンダから発売されている軽自動車「N-BOX」である。普通自動車も含めすべての乗用車の中で、2017年度から3年連続で、年間のベストセラーを記録している。
最新データでは、販売台数の車種別年間ベストテンのうち、上位1位から5位までを軽自動車が独占している。順にホンダ・N-BOX、ダイハツ・タント、スズキ・スペーシア、日産・デイズ、ダイハツ・ムーヴ。
一方、6位から10位が普通自動車だ。順にトヨタ・カローラ、トヨタ・プリウス、トヨタ・シエンタ、日産・ノート、トヨタ・ルーミー。(2019年度/日本自動車販売協会連合会・全国軽自動車協会連合会調べ)
そして、軽自動車の登録数はおよそ3000万台と全体の4割に迫っている。(自動車検査登録情報協会・2020年3月現在)
■軽自動車もガソリンのみはNGに
政府は2020年12月25日に、今後の自動車産業に大きく関わる新たな成長戦略「グリーン成長戦略」を発表した。その中で、2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に向けて、政府は2030年半ばまでに乗用車の新車販売を“すべて”「電動車」にすることを目指すと明記したのだ。
つまり、ガソリンエンジンだけで動く乗用車の新車販売ができなくなることを意味する。“すべて”ということは、そこにはもちろん軽自動車も含まれる。
■「軽自動車」は日本のライフライン
政府が今後切り替えようとしている「電動車」には、大きく分けて4種類ある。ガソリンエンジンとモーターで動くハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、そしてバッテリーの電気でモーターを動かして走る電気自動車(EV)、そのほか水素などを燃料に発電してモーターを動かして走る燃料電池車(FCV)がある。
今回の成長戦略の中では、「この10年は電気自動車の導入を強力に進め、特に軽自動車や商用車などの電気自動車や燃料電池自動車への転換に特段の対策を講じていく」とも記されており、政府は、4種類ある電動車の中でも、軽自動車においては、特に電気自動車(EV)に変えていく支援を強化していくものとみられている。
一方、自動車メーカーの業界団体の日本自動車工業会会長であるトヨタ自動車の豊田章男社長は、EV一辺倒の方針を批判している。「“軽”という車は、いわば日本の国民車。“軽”がなくても都会では生活できるかもしれませんが、一方、地方に出ていった場合、(軽自動車は)完全なライフラインになっております」
日本自動車工業会によれば、軽自動車ユーザーの4割は高齢者で、買い物や病院への通院などの日常的な移動の足として軽自動車は使われているという。
豊田氏は、軽自動車の急速なEV化により、たとえ性能が向上したとしても、価格の上昇や、充電スポットが少ないなどの問題で、移動の足としての選択肢が結果的に狭まることを危惧している。そのため、ユーザーに対しては車の選択肢をハイブリッド車を含め、4種類の電動車をフルラインで提示し続けるべきだと強調する。また同時に、EV化が急速に進むことで、ハイブリッド車用の部品を開発・製造しているメーカーなどの仕事がいきなり無くなってしまい、雇用が守れなくなる恐れもあると指摘している。
■軽自動車のハイブリッド化のジレンマ
価格の安さが売りの1つだった軽自動車。しかし、電動化の流れは避けきれない状況になっている。そのため、軽自動車を主力車種にしているスズキやダイハツは、軽自動車の電動化のためにハイブリッド方式の導入を進めている。
しかしハイブリッド方式にする場合、現在のガソリン車よりも20万円近く車両価格が上がるという。価格が高くなるハイブリッド方式の軽自動車が普及するためには、政府が新たな補助金制度などを導入しない限り難しいとの見方もある。
さらに、軽自動車の電動化は、自動車メーカーの勢力図にも関わってくるという。スズキやダイハツは、莫大にかかるハイブリッド方式の研究・開発費を抑えるため、ハイブリッド技術が進んでいるトヨタとの関係を、これまで以上に深めることが考えられる。
■EV化を着々と進める日産
一方、日産自動車は三菱自動車と共同で軽自動車の電気自動車(EV)の開発を進めている。2019年の東京モーターショーで公開された次世代電気自動車「IMk」をベースに、新型「デイズEV」を2021年に発売するとみられている。
関係者によれば、フル充電したときの一度に走れる距離を、あえて抑えることで、バッテリーを小型・軽量化してコストを下げ、従来の軽自動車ユーザーが求めやすい価格にする予定だという。
■「グリーン成長戦略」を前に岐路に立つ軽自動車メーカー
これまで車体の軽量化を図ったり、ガソリンエンジンの効率を上げたりして低燃費を実現してきた軽自動車メーカー。しかし、今回発表された「グリーン成長戦略」によって、政府から「その考えを改めよ」と宣告されたに等しい。
鉄道などの公共交通機関が発達していない地方での生活の足や、農道や山道などの細い道を走る仕事の道具として欠かせない日本の国民車である「軽自動車」。カーボンニュートラルを意識しながら、国民車としていかに購入しやすい価格を維持していくのか。2021年、軽自動車メーカーには難しい課題が突き付けられている。