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“金持ち優遇”から脱却 岸田内閣の秘策は

2021年10月9日 12:45
“金持ち優遇”から脱却 岸田内閣の秘策は

岸田首相は8日、国会での所信表明演説で、「新しい資本主義の実現を目指す」と話した。新自由主義で広がった格差を埋めるというが、どう実現するのか?つぶさに見ていくとそこには大きな課題も見えてきた。

■新たな経済政策は「分配なくして成長なし」

「分配なくして次の成長なし。大切なのは、成長と分配の好循環です」

こう話した岸田首相が掲げるのは、「新自由主義からの転換」。小泉改革以来自民党がとってきた、市場重視・規制緩和・民営化などの方向とは一線を画す姿勢を示している。

自民党の新自由主義のもとでの政策では、「トリクルダウン」理論つまり、大企業や富裕層が豊かになれば、その富のしずくが中低所得者層にも行きわたるとの考えがとられていた。しかし、実際には「しずくのしたたり」は限られ、格差が広がった。

特に日本では賃金全体が上がらず、購買力を踏まえて各国と比べた日本の平均賃金は、30年前は世界のトップクラスだったのに、今やアメリカの6割程度で先進国の平均にも届かない。(OECD調査)都市部でもワンコイン500円で満足なランチが食べられることに、主要国からの訪問者は驚く。

今のままでは、株や投資などで利益を得る富裕層と、中間層貧困層との間で格差は広がり続けるのではないか。富が自動的には分配されないことがわかり、主要国は政策を切り替えてきたが、日本は「アベノミクス」を続けた結果、出遅れた。その反省から、岸田首相がねらうのが「新資本主義」「令和版所得倍増計画」だ。

■格差是正とは言うものの…

岸田首相は「介護や保育士などの報酬引き上げ」で、社会的に重要な分野の人手不足解消をねらう。「困っている人」への支援も格差是正に必要な政策だ。ただ、こうした分配には多くの財源が必要だ。そもそも日本では「困っている人」のあぶりだしが正確にできない。マイナンバーの活用などが立ち遅れ、データの把握ができないため、過剰なばらまきの温床となりうる。

■コロナ対策の分配は公正か?

岸田首相はコロナ対策として医療機関への支援を強化するという。コロナ対策で医療機関への支援は必要な政策だが、それぞれの医療機関の正確な財政状況のデータが足りないために、一部は、コロナ患者の診察にかかわらない医療機関への過剰な支援につながったという指摘がある。

また、肝いり政策だったGoToトラベルは、ひとり一泊4万円、つまり2人部屋で一泊8万円の宿泊を補助の上限にしたため、手軽なホテルより高級旅館などに泊まるインセンティブが働いた。「一泊8万の旅館」に連日泊まる層が国から最大の支援を得られたとして、批判がある。岸田首相は「ワクチンの2回接種」などを踏まえて支援に差をつける「GoTo2・0」として再開を検討しているが、支援の額や上限も再検討する必要がある。

コロナの影響を大きく受けた旅行や飲食業界のあり方も課題だ。支援はもちろん必要だが、専門家からは、これらの業種はもともとコロナ以前から生産性が低いという指摘がでている。支援にあたっては、コロナ以前に戻すのではなく、しっかり生産性を上げる方策と同時でないと、非効率な部分をそのまま温存してしまう。

■「1億円の壁」の打破

こうした「支援、分配政策」には、財源が必要だ。格差をおさえ財源を得るために岸田首相が総裁選の過程で口にしたのが、「1億円の壁」の解消だ。

日本は給与所得に対する所得税率が累進で最大45%である一方、金融資産の運用や配当からの「金融所得課税」は国と自治体合わせて定率の20%だ。所得総額が1億円を超える層は、金融所得が多いので、1億円を超えるあたりから、実質的な所得税の負担率が下がり、「所得が多いほど税率が高く」はなっていない。大富豪の税率が高くないという現実を変えるには、金融所得課税の税率を引き上げることが考えられる。

「市場重視」だった安倍・菅政権は税率を上げると株価が下がるとして税率見直しをしなかったが、高所得者に応能の負担を求める税制改正は、岸田政権が有言実行内閣かを見るひとつの焦点になる。

■待っているだけでは何も手に入らない

成長のための「デジタル化や人材育成」は、これまで非効率だった、主に分配を受ける側の変化が鍵を握る。大企業や富裕層からの「しずく」を待つのでなく、中間層も成長が望まれる。岸田政権は、「人材育成への投資に対する減税」を打ち出しているが、成長や適切な人材移動につながるリカレント教育やデジタル化は、中小企業を軸に強く推し進める必要がある。中間層に分配する国の出費の増大を、富裕層だけが背負うのは難しい。分配の公平性とともに、分配を受ける側も同時に成長することが重要なのだ。

■コロナでとんでもなく膨らんだ借金は

国が成長しないうちに分配を優先すると「貧しさをわけあう国」になるが、岸田政権もまずは借金をしてのコロナ対応になるとみられる。コロナ対策で財政が膨らんだのは各国同じだが、ほとんどの主要国は「空いた穴」をどう埋めるのか具体的な議論を始めている。

10月4日、イギリスの保守党大会でスナク財務相はこう演説した。「将来世代へのつけ回しを積み重ねることは、経済的に無責任であるだけでなく、道徳に反する」コロナで膨らんだ支出を埋めるために、「この70年間で最高の租税負担率」になるほどの、法人税や一部所得税の増税を決めた。これをイギリス国民は「責任ある財政運営」と受けとめて保守党の支持率は上昇し、スナク氏は次の首相の呼び声も高いという。

■少子化を加速させたコロナ

コロナ禍で、日本は少子化が急激に進んだ。コロナで一番傷んだのは、生まれてくる数までおさえられた「次の世代」とも言える。人数が少ない次世代にどこまで巨大な借金を押しつけるのか。困っている人への分配も成長へのインセンティブも、その財源を明確にしながら、的をしぼったメリハリある支出、真の「ワイズスペンディング=賢い支出」が求められている。