【日銀ウォッチ】植田総裁が腐心する“円安対応”と“市場との対話” 7月利上げの可能性は
日銀は13日・14日に行われた金融政策決定会合で、長期国債の買い入れを減額する方針を決めた。歴史的な円安水準が続く中、決定後に円相場では円安が進んだが、その後植田総裁の会見で少し戻した。円安をにらみながら、市場との対話に腐心する植田総裁。前回4月会合からの変化と、今後の課題を整理する。
■目立った慎重さ 円安進行の”受け止め”質問に答えず 円安も進まず
しばしば手元のメモに目を落とす様子に、慎重さがにじんでいた。14日、金融政策決定会合で長期国債買い入れを減額していく方針を決めたのち、記者会見に臨んだ日銀の植田総裁。減額の具体的な金額が示されると予測していた市場は、今回の日銀の決定を「結論先送り」と受け止めていた。昼過ぎの決定内容公表直後、外国為替市場で円相場は下落し、1か月半ぶりに一時1ドル=158円台に。為替を直接、金融政策のターゲットにはできない日銀だが、日銀の決定直後に円安が進んだことについて、植田総裁がどう語るかも注目された。
「円安の基調的な物価上昇率への影響は」「運営方針の公表後に為替が円安に少し進んでいる。どう受け止めているか」「今回動かなかったことによって円安が進んでいるが…」会見が始まると、質問は国債減額と円安への対応に集中した。植田総裁は、「最近の円安の動きは、物価の上振れ要因であり、政策運営上十分に注視している」と述べ、円安の継続により物価上昇の見通しが上振れる場合、利上げの理由になるとの考えを改めて示した。一方で、円安の進行に対する”受け止め”を問う複数の質問は、いずれも直接の返答を避けた。現状への評価に言及しないことで、市場に材料を与えないようにする姿勢が際立った。
■4月会見の”失敗”繰り返さず
今回の植田総裁の慎重さの背景にあるのは、4月の会見後に円安が加速した苦い経験だ。「円安による基調的な物価への影響は無視できる範囲か」という質問に「はい」と答えたことが、市場に”円安容認”と受け取られ、日銀の決定から24時間でおよそ3円も円安が進行、その後の政府・日銀の2度の為替介入につながった。
4月の会見での植田総裁は、先々の追加利上げの可能性にも言及するなど、全体を見れば必ずしも円安を”容認”していたわけではない。ただ、ある日銀OBが、「総裁会見は印象が8割」と指摘するように、”象徴的な一言”が円売りの材料にされてしまった形だ。その後、植田総裁は5月上旬に岸田総理と会談。この際に、為替への配慮を求められたとみられている。5月中旬に植田総裁と面会したある関係者は、明らかに落胆している様子を見て取ったという。
その後、発言が誤解されないよう、市場との対話に留意する方針を確認したという日銀。今回、会見前に1ドル=158円台まで円安が進行していたが、植田総裁の円安に対する慎重な答弁に加え、「(国債減額が)相応の規模になる」「経済・物価情勢に関するデータ・情報次第で、(次回7月会合で)短期金利を引き上げて金融緩和度合いを調整することは当然あり得る」と強く市場をけん制したことで、さらなる円安の進行は回避。会見後には海外要因も加わり、円相場は一時、1ドル=156円台まで円高に戻した。市場関係者からも「今回の会見はうまく対応したのではないか」と前向きな評価が出た。
今回、市場を強くけん制し、「会見中の円安進行」には一定の歯止めをかけた植田総裁。ただ実際のところ、次回7月、日銀が国債買い入れ減額の計画決定とともに追加利上げを行う「ダブル」の可能性はあるのだろうか。
日銀に対する見方は、特に9月の自民党総裁選や11月の米大統領選挙など、秋の「政治の季節」をどう捉えるかで分かれている。ある市場関係者は「今国会での衆院解散が遠のきつつある中、秋の政治が動く前に、7月に利上げした方がよい」と語る。一方、政府関係者からは「円安を進行させられないから、(植田氏は)会見では利上げがあると言わざるを得ないが、日銀は総裁選に向けた状況を当然踏まえて考えることになる。同時利上げはなかなか容易じゃない」との声も漏れる。自民党の支持層である中小企業経営者にとって、追加利上げは業績悪化につながる。総裁再選を目指す岸田総理にとってはマイナス要素で、「官邸はとにかく目先の利上げを嫌がっている」(別の政府関係者)との見方もある。
また、植田総裁が追加利上げの可能性や、国債減額が「相応の規模」になると語ったことで、日銀は7月会合での対応が市場の期待値を下回った場合、再び円安が進行するリスクも抱えた形だ。円相場は18日に再び一時1ドル=158円台をつけた。“円安対応”と“市場との対話”をめぐり、日銀の難局は続く。(経済部・渡邊翔)