【解説】摘発進むも…さらに増殖? ミャンマー国境地帯“詐欺拠点”が根絶できないワケ

日本人を含む約1万人の外国人が監禁され、世界中に向けて詐欺を繰り返しているというミャンマー国境地帯の拠点群。日本や中国をはじめ各国で徐々に注目されるようになり、隣国タイとミャンマーの武装勢力も摘発に本腰を入れるようになったように見える。しかし、実際は“生き残り”を図り、すでに別の拠点を新設する動きも出ているという。根絶が困難な背景には「特殊詐欺」が、すでに国際的な巨大犯罪ビジネスになっている実態があった。
■「特殊詐欺が国際ビジネスに…きっかけは新型コロナ」
世界がまだ新型コロナの感染拡大のまっただ中にあった2021年初め、国連機関に奇妙な報告が次々と寄せられるようになった。東南アジアのミャンマーやカンボジアなどで「詐欺の拠点に監禁されていたが、脱出した」という人々が急増したという。「人身売買」はかつて肉体労働による搾取が中心だったが、新型コロナの感染拡大が転機となった。
コロナ前、ラオスやカンボジアなど東南アジア各国では中国系企業が絡んだカジノが大いに繁盛していたが、2020年、コロナ禍が世界を覆うと客は激減、さらにカンボジアでは政府がカジノを拠点にした犯罪の蔓延を受けて規制を強めた。これを受けて別の拠点を求める犯罪組織の大がかりな“引っ越し”が始まったという。犯罪組織が目を付けたのは、ミャンマー。2021年には軍事クーデターで内戦が始まり、統治が及ばない地域も増えていた。
コロナ禍の下で非接触型のオンライン決済や暗号資産が普及したことも、オンライン詐欺を次の“稼ぎ”に定めた犯罪集団にとって追い風だった。
■一時は「一帯一路」うたい…犯罪拠点 内戦で急成長
各国のメディアに頻繁に登場する詐欺拠点「シュエコッコ」と「KKパーク」は同じ場所のように捉えられがちだが、実は20キロ以上離れた別の地区。内部では中国語の看板が立ち並ぶ様子が映像などで確認されているが、「中国出身の実業家やマカオ出身の犯罪組織のボスらが開発に関わっている」と地元メディアが報じている。
「シュエコッコ」のプロジェクトは「ヤタイ・ニュー・シティー(亜太新城)」と名付けられ、中国メディアによると当初、習近平政権が掲げる「一帯一路」のプロジェクトの一環との触れ込みで、高級リゾートホテルや金融センターなども備えた新しい国際都市を建設すると大々的に宣伝されていた(現地の中国大使館は関与を否定)。開発を手がけていたのは、違法なカジノを運営していたとして中国から国際手配を受けていた実業家、余智江容疑者だった。彼は付近一帯を支配する武装勢力「国境警備隊(Border Guard Force=BGF)」と組んで「シュエコッコ」の開発を進めた。
地元メディアによると、シュエコッコの建設は2018年に始まったが、違法カジノの存在も明らかになる中、2019年に当時のスー・チー政権が建設計画を凍結。しかし、スー・チー政権が2021年の軍事クーデターで倒れると計画が再開。ミャンマー中央政府の統治が及ばなくなる中、コロナ禍で稼ぎ場を失っていた中国系の犯罪組織が続々と流入したとみられる。
もう1つの「KKパーク」も、衛星画像から2021年頃から急速に開発が進み面積を広げていったことが判明している。
■「ボスは中国人」…詐欺拠点“恐怖支配”の仕組み
これらの犯罪拠点から脱出した人々から「直属のボスは中国人」「管理者の中に日本人はいなかった」などの証言が出ている。拠点はどのように運営されていたのか。
国連機関の調査では、「8つの階層」がピラミッド式の支配構造を形成していると分析している。最高位に君臨する【1】犯罪組織のリーダー(地元有力者や政府高官の支援を受ける)から、【2】カジノ施設のオーナー、【3】監督者、【4】管理者、【5】エージェント、【6】リクルーター(代理店または個人)、【7】運搬人…これらが最下層の【8】被害者との間に介在する。
このうち「【3】監督者」は犯罪拠点の1棟全体を統括し、「【4】管理者」は人身売買などで集められた被害者たちを管理する役割。「【5】エージェント」は被害者を犯罪拠点まで連行したり、逃亡した被害者を捜索したり、連れ戻したりする役、「【6】リクルーター」は被害者をだまして犯罪拠点に誘導する役をそれぞれ担う。「リクルーター」は通常、出身国の人間で、日本の男子高校生をだまして犯罪拠点に連れ込んだ29歳の男も日本人の「リクルーター」の役割を担っていたと推測できる。
また個人だけでなく、一部の人材紹介会社も詐欺と知りながら求人広告を掲載するなど加担していると指摘している。【7】運搬人もだまされて連れられてきた被害者を拠点に運ぶなど手先として加担している。
■「子豚の牢獄」…逃げる気力を奪う手口とは
中国メディアも連日、報道している。犯罪組織にだまされて監禁される状態を「売豚仔(売られる子豚)」、犯罪拠点については、一度入ったら逃げられない「豚の牢獄」と名付け、中国の人々の大きな関心を呼んでいる。
脱出した人々の証言や国連の調査では、監禁した人々から逃げる気力を失わせ、日々、詐欺行為に駆り立てる“心理的圧迫”の手口も明らかになっている。
「リクルーター」にだまされて連れ込まれた被害者は、到着直後にパスポートなどの身分証を奪われ、「逃げたら殺す」などと脅される。さらに、「監督者」や「管理者」から拠点に連れ込まれるまでに、「『リクルーター』に支払った手数料や交通費、宿泊費」などの名目で多額の“借金”を背負わされる。その額は最高2万5000ドル(約400万円)にのぼり、日々のオンライン詐欺を通じて返済しなければならないと告げられる。
被害者たちは一時的に“詐欺行為を続ければ解放される”と希望を持ち、心理的にコントロールされてしまうという。加えて、拠点内では「ノルマを達成しない」「病気になる」「食事が長い」などさまざまな名目で罰金が科され、解放どころか長期にわたって奴隷状態が続くことになるという。
■詐欺拠点の収益システムは…週に数千万円詐取も
このような支配構造の下で“子豚”たちは毎日十数時間、詐欺行為に邁進(まいしん)し、週に数十万ドル、日本円で数千万円もの稼ぎを犯罪組織のために生み出すという。
加えて、犯罪組織は監禁された被害者たちの家族に身代金を要求することがあり、その金額は多いときには3万ドル(約450万円)に達するという。さらに“子豚”が詐欺グループから別の詐欺グループに売り飛ばされるケースも…。犯罪組織は一度手に入れた人間は、いわば“骨までしゃぶりつくし”て稼ぐ。
■“野放し”から一転“摘発”…何が?
武装勢力「国境警備隊」などの手で、これまでに監禁されていた約6500人が保護されたが、その大半は中国人とみられる。2021年頃からこうした犯罪拠点に多くの人々が連れ去られていることが報告され始めていたが、これまで中国政府の反応は鈍かった。
しかし、今年1月には王毅外相が東南アジア各国の大使らを呼び出して犯罪拠点の取り締まりを要請。2月には中国公安部の劉忠義次官補が現地入りし、犯罪拠点を訪問。東南アジア各国への影響力を行使し始めた。
きっかけは1月、中国人俳優の王星さんがタイからミャンマーの犯罪組織に連れ去られ、詐欺行為に加担させられた事件だった。この事件は中国社会を震撼させ、一気に人々の関心を高め、習近平政権を突き動かした。
さらに、春節の大型連休を前に起きたこの事件によって中国人観光客がタイ旅行を控えるようになり、タイ当局も慌てて腰を上げる。国境のタイ側から犯罪拠点への送電やインターネット回線を遮断するなどの手を打ち始めた。
国際的な関心が高まる中、「多くの犯罪拠点のボスが中国系」というのは、中国政府にとって“不都合な真実”だった。3月5日に全人代(全国人民代表大会)も始まる中、政権は幕引きを急いでいる。
■一掃したはずの拠点で詐欺続行…新拠点も?
各国の圧力を受けて、武装勢力「国境警備隊」は2月22日、犯罪拠点の1つ「KKパーク」の捜索を開始。26日には地元メディアを招いて施設内を公開し、犯罪拠点が一掃されたとアピールした。
しかし、NNNが連絡を取った中国人男性の1人は、まだ「KKパーク」の中にとどまっていることを明かした上で、「内部では、まだ詐欺行為が続行中」と証言した。「国境警備隊」がメディアたちを拠点に案内する直前には「外出禁止」と「カーテンを閉める」よう命じられ、メディアの目に触れないよう潜伏するよう指示されたという。詐欺活動は人目につきやすい昼間を避け、夜間に行われるようになっているという。
また「20代の甥がミャンマー国内にある犯罪拠点に監禁されている」という別の中国人女性は、甥から密かに受け取った連絡から「甥のいる犯罪拠点では、今も拡張工事が進んでいる」と証言した。中国政府やタイ当局、そして武装勢力が根絶をいくらアピールしても、ミャンマーの政情不安につけこみ、犯罪組織の活動は続くとみられる。