民間企業が変える「宇宙ビジネス」
アメリカのベンチャー企業「スペースX」が22日、民間としては初めて国際宇宙ステーションに向けたロケットの打ち上げに成功。いま、民間企業が宇宙ビジネスを大きく変えようとしている。ニューヨーク支局・柳沢高志記者が取材した。
アメリカ・フロリダ州。ここは30年にわたって、スペースシャトルの打ち上げが行われてきた町だ。シャトルは2011年7月に引退したが、今、町は久しぶりの熱気に包まれていた。人々は「2日間も仕事の休みを取ったのよ。いや、3日間だったわ」「とても楽しみにしているよ」と、語る。何が始まるのだろうか。
NASA(アメリカ航空宇宙局)のケネディ宇宙センターの先に見えたのは、スペースXのロケット。すでに打ち上げの態勢が整えられている。民間として初めて国際宇宙ステーションに向けて打ち上げられるのだ。
スペースXは、わずか10年前(2002年)に創業したベンチャー企業だが、いま、宇宙業界に「価格革命」を起こしている。一回の打ち上げ費用は約43億円。スペースシャトルの約9分の1だ。格安料金を武器に、世界各国の政府や企業から衛星などの打ち上げ契約をすでに47件成立させている。
そのスペースXのライバルとなるのが日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)。この日、フロリダの空港には、JAXAヒューストン事務所・三宅所長の姿があった。三宅所長は、「スペースXの(宇宙船)ドラゴンの打ち上げの視察に来ました」「宇宙開発にとって、ロケットの打ち上げをいかに安く、確実に行うかというのが生命線になっている」と、視察の理由を語る。
JAXAは18日、韓国の人工衛星打ち上げに成功した。しかし、これが初めての海外からの打ち上げ受注で、スペースXには大きく水をあけられているのが現状だ。三宅所長は、スペースXの視察を終えた感想を「お金をかけないところはかけないで、シンプルにやっているなと実感しました」と、そのシンプルさを強調する。
たとえば、シャトルとの交信でおなじみのNASAの管制センターには、さまざまな機材やモニターなどが配置されているが、スペースXの場合、机とイスとパソコンを中心に構成された、非常に簡素な作りになっている。あらゆる無駄を排除したという民間ならではのコスト意識がいたるところに表れている。
スペースX・グウィン・ショットウェル社長に格安の理由を直撃してみると、「NASAは我々にとって非常に重要な存在です。私たちはNASAが大好きです」との答えが…。その意味を探るために、NASA・ラスキー博士を訪ねると、あるものを見せてくれた。ラスキー博士は、「これが断熱材です。これが無ければ宇宙船は溶けてしまいます」と説明する。宇宙船にとって最も重要な部品の一つである断熱材。NASAが20年以上かけて開発した水よりも軽い、特殊な素材だ。ラスキー博士は、「スペースXは、この断熱材を使用させてほしいと依頼してきたのです」と、続ける。
NASAから断熱材の技術を伝えられたスペースXは、それに改良を加え、10分の1のコストで生産できるようにしたという。スペースXは、ロケットのエンジンもNASAが開発してきたものを応用していた。ラスキー博士は、スペースXに技術を伝える過程であることに驚いたという。
ラスキー博士「とにかく決断の早さに驚きました。会議で『君ならどうする?』と聞かれたので、『私ならこうする』と答えると、『じゃあ、それで行こう』と すぐに会議は終わってしまったのです。もし、私が間違っていたらどうするのだろうと驚きました。決断の早さがNASAのような官僚組織と違う民間企業の強みでしょうね」
スペースXは、NASAの技術と頭脳を安く、そして効率よく吸収していたのだ。
スペースXは22日、ロケットの打ち上げに成功。そして、民間として初めて国際宇宙ステーションとのドッキングを果たした。3年後には有人飛行を予定するスペースX。今後、宇宙事業は民間を中心に激しい競争の時代を迎えることになりそうだ。