バイオ燃料が世界遺産を危機に?ブラジル
環境に優しいエネルギーとして注目されるバイオ燃料を推進するブラジル。先進的な取り組みの一方で、浮かび上がってきた難題の数々、その現状を取材した。
6月15日。ブラジルの首都ブラジリアは黄色一色に染まっていた。1年後のワールドカップのプレ大会となるコンフェデレーションズカップの開催に、サポーターは、すでに大盛り上がり。近年、めざましい経済成長を遂げているブラジルだが、実は、世界でも有数の環境大国。いま、特に、注目されているものがあった。
ガソリンスタンドに行ってみると、ガソリンとバイオエタノールの2種類を選べるようになっていて、エタノールの値段はガソリンの約7割になっている。バイオエタノールがガソリンに代わる燃料として全国で広まっているのだ。バイオエタノールとは一体なんなのか?サンパウロ州を走っていると至るところに、ある作物の広大な畑が広がっていた。サトウキビだ。砂糖の原料として知られるサトウキビ。運ばれた先は巨大な工場だった。ミウトン・イマイズミ工場長は「トラックで畑からサトウキビを持ってきて、たたいて搾るのです」と説明してくれた。サトウキビの搾り汁で作られるのは砂糖と1日40万リットルのバイオエタノール。さらに、搾りカスは燃やして電気を作るという。こうしたエネルギーは植物からできているため二酸化炭素の排出量が少ないのだ。ブラジル政府は1970年代のオイルショックで大きな経済的打撃を受けた後、サトウキビからできるバイオエタノールの生産を推進。今や、ブラジルのすべてのエネルギーの15パーセントがサトウキビによってまかなわれているのだ。しかし、いま、その生産拡大が、様々なひずみを生んでいた。
向かったのはサンパウロからさらに西へ1500キロ、そこは世界遺産パンタナール。地球上最大の湿原地帯で、その面積は日本の本州とほぼ同じ。湿地のまわりにはワニがひしめいていた。その奥には、カピバラの家族もいた。広大なパンタナールは雨期になると、あちこちで川が氾濫し、土地の7割が浸水する。そのため、開発が進まず、独自の生態系を維持する自然の宝庫となっているのだ。しかし、今、ある異変が起きていた。案内してくれていた地元のガイドが、突然、何かに気付いた。水たまりの中に1匹のワニがいたのだ。地元のガイドは「これは昨夜の雨でたまった水たまりなんです。ワニがいた池に水が無くなってしまって、食べ物を求めて迷い込んでしまったのです」と説明してくれた。実は、パンタナールでは2年前から水の量が激減、それに伴い動物の数も減っているというのだ。
一体、なぜこうした変化が起きているのだろうか。国立農業研究所のカルロス・パドヴァニ研究員は「問題の原因はパンタナールの上流にあります」と話す。上流で何が起きているのか、専門家と漁師とともに、パンタナールへ流れ込むタクアリ川の上流へと向かった。両岸に鬱蒼(うっそう)と緑が生い茂る茶色く濁った川。すると、数キロにわたって、土がむき出しになって川岸が崩れているところがあった。地元の漁師によると、農地を作るときに川縁まで森を伐採したので、土地がもろくなり、川の勢いで崖崩れが起きてしまったということだ。パンタナールの上流ではバイオエタノールの需要の増加とともに、サトウキビなどの畑が拡大。森林の4割が失われてしまった。カルロス・パドヴァニ研究員は「川の変化は急激に起きています。何十年、何百年かけて起きることが、わずか数か月で起きてしまっているのです」と話す。削り取られた川岸の砂が川底にたまり川が浅くなるため、水は上流で氾濫。下流のパンタナールに行き渡る水が減ってしまっているのだ。カルロス・パドヴァニ研究員は「このままではパンタナールは、どんどん縮んでいくでしょう。そして、生物の多様性は失われていくでしょう」と語る。
環境に優しいはずのバイオエタノールがもたらしてしまった自然破壊。世界遺産が今、危機に直面していた。