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【コラム】お入学編…夜更けの電話と「アスタ・ラ・ビスタ」【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】

2023年3月13日 17:00
【コラム】お入学編…夜更けの電話と「アスタ・ラ・ビスタ」【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】

夜の八時を過ぎると、いつもそわそわと落ち着かなくなる。

そろそろ息子から電話がかかってくる時間…スマホを握りしめていると、キタ!通話ボタンを押すやいなや、すすり泣きの声…「ママ、僕もう無理…日本の友達に会いたい…」はあ~、と心の中で小さなため息をつく。

この電話、入学以来、何回繰り返されたことか。

明日から学期の真ん中に設けられてる「ハーフターム休暇」だというのに…。彼の名誉のために付け加えておくと、10歳男児、日本で小学校4年生の彼は、保育園でもまれて育ったせいか、順応性が高く、わりと我慢強いタイプなので、周囲からも「彼だったら、きっとすぐになじめるよ」と太鼓判を押されていた。

なんせ渡英前は「みんな英語しかしゃべらないよ、大丈夫?」という周囲の心配をよそに「大丈夫、大丈夫。同じ人間だし、問題なし!」と胸を張っていたほどの超楽観オトコなのだ。

それがコレ、である…。

最初は家から通学できる近所の学校に入れるつもりだったのだが、小学生は送り迎えが必要とのこと。しかも学校は昼の2時頃に終わってしまう。しかたなくナニーを探したのだが、イギリスは人手不足で激しいインフレの真っ最中。

出張が多い仕事なので、泊まり込みで来てくれる人となると、莫大な費用がかかる上に、まったく見つからない。しかたなく、寮がついている学校に入れることにした。だが、相変わらず毎晩のように電話がかかってくる。

曰く「先生や友達が何を言っているかわからない、僕の言っていることが通じない、先生の黒板の字が汚くて読めない(これは多分に属人的なものだと思うが…)」そして極めつけがコレ、「ホームシックで、夜全然眠れない」。

なんせ学期を通して寮で生活する「フルボーダー」は彼と同じ部屋の中国人の男の子だけで、あとはみんな「週に三日だけお泊まり」とか周辺に住む通学の子どもがほとんどらしい。

◆はじめてのイギリス"お受験"

さかのぼること3か月あまり前。私たちはイギリスの"お受験"にバリバリ緊張していた。

少しでも顔写りを良くしようと、パソコンにライトをくくりつけ、とりあえず紺のスーツでのぞんだZOOM面談。

友人の息子さんが通った学校二つを紹介していただき、まずは一校目。文武両道をうたうバリバリの男子校である。

校長「きみは将来何になりたいのかな?」
息子「……」(何になりたいかって聞かれてるよ)

隣でコソコソ通訳しながら、『そんな想定問答は考えていなかった!』と全身から冷や汗が吹き出る。

息子「ぷ、ぷらいむみにすたー」
校長「What?」
息子「プ、プライムミニスター」

(うわあ~何言ってんだ!あわてて「あはは、大言壮語しすぎですよね~」と笑ってごまかそうとするも、「大言壮語」ってなんて言うんだ!?ともはやこちらがパニック状態)

校長「OK。どうしてそう思ったのかな?」
息子「ボリス…」
(なに!?)
校長「ボリス? ボリス・ジョンソン?」
息子「イエス。Cool」
(あああ~、何も失敗例の典型みたいな人出さなくても…親の頭は完全に真っ白。もはや助け船を出す余裕もない)

校長「どうしてそう思ったのかな?」

錯乱状態の母を尻目に、彼は突然こう言い放ったのである。

「アスタ・ラ・ビスタ ベイビー!」

(オー、マイ、ガ…)絶望し、心のなかでつぶやく。

保守党の党首を辞任する際、ジョンソン元首相が首相質問の最後に言った「ターミネーター2」の決めゼリフである。字幕の神様、戸田奈津子さんは「地獄で会おうぜ、ベイビー」と訳していたっけ。

そういえば、ジョンソン首相辞任のニュースを一緒に見ていたとき、シュワちゃんのマネを息子に披露した気がする…あれが脳内にこびりついていたのだろう。

校長先生は当然のごとく、笑いもせずこう言った。

「ジョンソンがクールとは……君は政治センスをもっと磨くべきだと思うな」そこから、怒濤のジョンソン批判が始まった。

そうですよね、ごもっともです…米つきバッタのように高速でうなずきながら、なぜか感動していた。

さらっと流せばいいものを、10歳を相手にここまで滔々と自説を述べるなんて、ある意味スゴい。だが私の感動などおかまいなしに、校長先生は最後にこう付け加えるのを忘れなかった。

「英語の能力をもう少し慎重に見たいから、もう一度別の人間に面接させようと思います」

翌週。ぜったい、ぜったい「アスタラビスタ」は言わないこと!!と厳命してのぞんだ2校目。今度はアットホームなこじんまりとした共学校である。

校長先生夫妻がそろってにこやかに登場。

校長夫人が着ている可愛い小花模様のワンピースに目を奪われていたら、またしてもあの質問…「大人になったら何になりたいかな?」。

ようやく彼も学習したのか、「プライムミニスター」と言った後、沈黙している。

校長夫人は「それは素敵な夢ね」と言ったあとで、「あなたは日本だけじゃなく、イギリスでも首相をめざすことができるわよ。でもね、それには何が必要だと思う?」
息子「Study?」

(よし、無難な答えだ、オーケー)胸をなでおろす。

すると校長先生はこう言った。

「もし君が首相をめざしているなら、君は歴史と文学を勉強すべきだ。なぜならば、歴史と文学の中には哲学がある。リーダーには哲学が必要だ。哲学がなければ人々を正しい方向に導くことはできないからね」

正真正銘、感動した。そうだ、リーダーには哲学が要る。哲学こそが人を率いる人間に欠かせないものだ。それは記者として取材活動にあたる上でも同じことが言える。

何を、どう伝えるか、伝えるべきか、そこには哲学がなければいけない。わずか10歳の子どもに哲学を説くということ、そして最近とかく軽視されがちなリベラルアーツに重きを置いていること、完全にハートのど真ん中を射貫かれてしまった。

この学校に入りたい!入れて欲しい!…が、息子も私も自慢できるようなものは大してない。

ここはもう、ド根性の浪花節で行くしかない!こぶしを握りしめ、全力で訴える。

「この子、英語は全然ダメですが、これから親子でがんばりますので、なんとかお願いします!!」そして2週間後……無事に入学許可証が届いたのである。

息子と抱き合って大喜びした…と書きたいところなのだが、息子からは「ふーん、良かったね」と人ごとみたいな返事が返ってきただけだった。

そんなこんなでようやく入学できた寮付きの学校だが、毎晩の電話攻撃には少々閉口している。

昨日などは、「ママ、早く迎えにきて…」とこれまでにないほど弱々しい声で訴えてきた。今にもくずおれそうな、か弱い声…なんと返そうか迷っていると、遠くから野太い声。

「電話切ってもう寝なさい!」だんだん近づいてくる…Matron,寮母さんの声だ。次の瞬間、電話がおばさまの声にかわり、「彼は夜になると泣き言を言うんだけど、朝になるとけろっとしてるから心配しないで。じゃあね、GoodNight!」とガチャリと切られてしまった。

これもいつものこと。

そして朝になると、「彼はあのあとちょっとメソメソしていましたが、すぐにぐっすり眠り、朝食はパンをおかわりしました。すぐに慣れると思うから、心配しないで」とメールを送ってくれるのだ。

アメとムチ…そんな厳しくもあたたかい寮母さんや先生たちに囲まれ、数か月後にはきっと彼もたくましくなって電話もかかってこなくなるはず…そう祈りながらも、あのメソメソ声が聞けなくなるのは、ちょっとさみしい気もする複雑な母ゴコロなのである。

◆筆者プロフィール

鈴木あづさ:NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク「深層ニュース」の金曜キャスターを経て現職。
「水野梓」のペンネームで日曜作家としても活動中。最新作は「彼女たちのいる風景」。

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