「人の心を救うことができたら…」戦時下で踊り続ける思い ウクライナ・キーウのバレエ団
ウクライナの首都・キーウでは、世界的な名門バレエ団が活動を続けています。戦時下で市民の生活が脅かされる中で、なぜ踊り続けるのでしょうか。プリマ・バレリーナの舞台にかける思いを取材しました。
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ウクライナの首都・キーウ中心部にある国立歌劇場。8月21日、世界有数の名門「ウクライナ国立バレエ団」の公演が行われていました。
プリマ・バレリーナとして主役を務めるクリスティーナ・シシポルさんは、これまでウクライナを代表するバレリーナとして、充実した日々を送っていました。
しかし、2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻を開始。劇場は閉鎖され、クリスティーナさんは国外に避難しました。
3月5日、クリスティーナさんはInstagramに「願いはただ1つ。ウクライナの戦争を終わらせてください」と投稿しました。
戦争の終結と帰国を願い続ける日々。4月にキーウ周辺からロシア軍が撤退し、ようやく5月下旬に劇場が再開しました。クリスティーナさんも翌月、バスなどを乗り継ぎ2日間かけて帰国を果たしました。
ウクライナ国立バレエ団 クリスティーナさん
「ここ(劇場)が私のもう1つの家なんです。(戻って)最初に舞台に立った時、鳥肌が立って涙が出ました」
踊り慣れた舞台ですが、以前よりも踊れることの幸せをかみしめているといいます。
ウクライナ国立バレエ団 クリスティーナさん
「頭に何も落ちてこない平和、生きているこの瞬間を大切にしています。踊れる時間、音楽、観客…。生きていることを大事にしたいのです」
キーウ市民にとっても、バレエは身近で必要な存在です。
キーウ市民
「(公演再開は)いいことだと思います。いま私たちがいる、このつらい場所には何か癒やしが必要です」
「バレエを見れば、あたかも平和な時代が戻ってきたかのような感じがします」
劇場は活気を取り戻しつつあります。ただ、今は戦時下のため、公演には多くの制約が課せられています。
劇場の地下には、400人以上が入れるシェルターが用意されていて、空襲警報が鳴った場合は、すぐに公演は中止され、客が誘導されることになっています。約1300席ある劇場ですが、一度の公演の入場者数はシェルターの定員である450人までに制限。2階席はほとんどが空席です。避難しているバレリーナも多く、公演は少ない人数でも演じられるものに限定されています。
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クリスティーナさんほどのキャリアがあれば、外国でも活躍の場を得ることができます。なぜ厳しい環境の中で踊り続けるのでしょうか。
ウクライナ国立バレエ団 クリスティーナさん
「今こそ、みんなに少しでも幸福に、明るい気持ちになってもらいたいのです。人の心を救うことができたらと思います。いま、私の国で起きている残酷な出来事を少しでも忘れるように、私は舞台に立たなければならないのです」
クリスティーナさんが願うのは、ウクライナに本当の笑顔が戻ること。その日を思い、踊り続けています。