米大統領選「選挙人」語る民主主義の重要性
11月3日に投票が行われたアメリカ大統領選。しかし、“本当の投票”は、実は「12月14日」に行われたのをご存じだろうか?
この日は、全国に538人いる「選挙人」が、自分の住む州の選挙結果に基づいて、正式に大統領候補に票を投じる日。この投票で、正式に次期大統領が選出されるのだ。
2020年の大統領選は、選挙の不正を主張し、敗北を認めないトランプ大統領が、各州で法廷闘争を展開。結果、12月14日の選挙人の投票が、「トランプ大統領の抵抗が終わる日」として、かつてないほど大きく注目された。
この「選挙人」。日本ではなじみがないが、一体どういう人たちなのか?
NNNは投票前、首都ワシントンの3人の選挙人のひとり、ミディー・バードナイリーさん(45)に話を聞くことができた。
■「普通の人」が選挙人に?
ミディーさんは、ワシントン市内の病院で働く看護師だ。病院のスタッフをまとめつつ、新型コロナウイルスへの対応に忙殺される日々を送ってきた。
「電話がかかってきたんです。ワシントンの市長からでした。『あなたにワシントンDCの代表になってほしい』と言われたんです。驚くほど衝撃で、とにかくびっくりしました。そんなものに選ばれるなんて予想もしていなかったわけですから」
ミディーさんが驚くのには理由がある。通常、選挙人には、政治家や政治関係者、地域の名士などが選ばれることが多いのだという。ところが今年、バイデン氏を支持する民主党のワシントン支部は、新型コロナウイルスとの戦いを意識し、看護師であるミディーさんや、スーパーの従業員といった、コロナ禍の最前線で働く一般市民に選挙人を打診した。
さらに、アメリカで女性参政権が認められてから100年という節目にあわせ、3人の選挙人に全て女性を選んだ。
「参加する機会を与えられたのなら、やらなきゃいけない。これは非常に大事なことだと思います。イエス、と言わない理由はありませんでした」
選挙人は投票当日、どんなことをするのだろうか。
「当日は、市内の会議場に集まります。今年はコロナの影響で、残念ながら、会場にいるのは25人だけですけど。プロセスとしては、署名をして、実際にバイデン次期大統領、そしてハリス次期副大統領に投票するわけです。(*ワシントンDCは11月3日の投票でバイデン氏が勝利したため、選挙人はバイデン氏に票を投じる)これで、70万人を超えるワシントンDCの住民を代表して票を投じたことになる」
■トランプ大統領には「失望」
ミディーさんは、14日の選挙人による投票は非常に重要だと強調する。
「公式に票が投じられ、多数票を得た人が、国民を代表する大統領になります。私にとって今回の投票は個人的にもとても重要な意味を持っています。私はアフリカ系アメリカ人です。アフリカ系アメリカ人には、市民権と公民権を勝ち取るために戦った長い歴史があります。あまり知られていませんが、以前は黒人奴隷は『5分の3人』とみなされていたこともあったんですよ。さらに、私はハワード大学の卒業生です。(*奴隷制が廃止される以前から、黒人の教育水準向上を狙って設立された『歴史的黒人大学』のひとつ)その卒業生でもあるカマラ・ハリス次期副大統領が、黒人女性で初めての地位につくために投票できるわけですから、素晴らしいことです」
選挙人として、トランプ大統領が敗北を認めない現状をミディーさんはどう見ているのだろうか――
「個人的には、大統領がいまだ敗北を認めないことに失望しています。リンカーン元大統領は『家が内輪で争えば、その家は成り立たない』と言いました。トランプ大統領たちには、アメリカが民主主義の代表でなくなれば、世界の民主主義や団結、平等を主導していくことはできないと分かってほしいです。企業のCEOが辞めるとかいう話じゃなくて、国家のことなんです。何千万人もの人々と、その生活を代表しているわけですから。選挙人が投票して選挙結果が確定することで、大統領選の日から続いてきたいろいろなことが前に進むといいですよね」
では、バイデン新政権に期待することは?
「私が期待するのは、やはり国民の団結です。いま、この国は分断されています。一部の人だけでなく、全てのアメリカ市民を代表するのが政権なのです。新政権には、国民の団結のために、医療や教育、経済に重点を置いてほしい」
■選挙人制度は変えた方がよい
今回、選挙人に選ばれたミディーさんだが、自身は選挙人制度に対して複雑な思いを持っているという。
「制度を変えるには、まず制度に参加してみて、どういうものなのかを理解しなくてはなりません。いまの制度では、候補者は激戦州の9~10州を回るだけで、大統領になれてしまうのです。選挙人制度では、候補者が50州全てを選挙活動で訪問するようにはならない」
「激戦州」と呼ばれる特定の州以外の住民は、選挙に参加している実感を持てないのではないかというのだ。
「こうした実情を変えるには、総得票数で勝った候補が勝利する制度がよいと思います。全てのアメリカ市民が参加でき、票や声を反映できると思う」
実際に、アメリカでは総得票数で大統領選の勝敗を決めるための協定に、15の州と首都ワシントンが賛同している。賛同する州の選挙人が全体の過半数の270人に達すれば、協定が発効することになる。
■民主主義は、選挙に参加することが大事
インタビューで、ミディーさんが繰り返し強調したのは、投票というプロセスに参加することの重要性だ。
「世界のどこでも、民主主義社会に暮らしているなら、『参加すること』が大事です。投票できるなら、しましょう。投票こそがあなたの声で、投票しなければ、あなたの声は届かないのです」
そして迎えた14日。
「アメリカの民主主義が前進する機会になればいい」と話して投票に臨んだミディーさんは、バイデン・ハリス両氏に一票を投じた。バイデン氏は306人の選挙人を獲得し、次期大統領に選出されることが固まった。
投票を終えたミディーさんは、バイデン次期大統領にこうメッセージを送った。
「バイデン次期大統領とハリス次期副大統領には、これからも人々に、民主主義に参加することを促し続けてほしいです」