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過激デモやテロ頻発…パリ五輪は大丈夫?

2020年12月28日 20:45

2021年の東京オリンピックの後、次期パリ大会開催国としてバトンを引き継ぐフランス。新型コロナウイルスの感染拡大で遠のいた観光客を再び呼び込み、経済を立て直すきっかけをつかみたいところだが、マクロン政権を揺るがす「2つの火種」が開催気運の高まりに水を差すおそれもある。

■警官暴行ビデオで「治安法案」に吹き荒れる逆風

いまフランスで強い批判が巻き起こっているのが、マクロン政権が成立を目指す「包括治安法案」だ。これは「警察官への暴力を防ぐ」という理由で、職務中の警察官を特定できる顔などを、インターネット上などで拡散することを禁じるものだ。

法案への反発が広がったのは、11月に起きた事件がきっかけだ。パリにあるスタジオに踏み込んできた警察官らに、音楽プロデューサーの黒人男性が、殴る蹴るなどの暴行を受ける様子を捉えた動画が、インターネットメディアに掲載された。警察官らは当初、被害者の男性から「大麻の強いにおいがした」として、職務質問しようとしたところ、男性から暴行を受けたなどと正当防衛を主張したが、防犯カメラの映像によって虚偽の証言が明るみになった。

被害男性は、「ビデオ映像がなければ釈放されなかっただろう」と述べている。この事件で、映像の「証拠」としての価値が示されたことで、警察官の撮影を制限する法案の撤回を求める市民らによる抗議活動は、全国に広がった。現地メディアなども「報道の自由に反する」として加勢している。

こうした批判の高まりを受け、政府は治安法案の修正を受け入れる方針を発表したが、抗議デモは毎週全土で続いている。フランスでは警察官による暴行疑惑は根強く、警察への不信が抗議活動の背景にもなっている。このため、政府も対策を取るとしている。しかし、警察官の労働組合は、職務質問をしないなど職務を放棄するよう組合員に呼び掛け、政府をけん制している。政府は、市民と警察官の双方に対して難しい対応を迫られている形だ。

■「冒涜(ぼうとく)する自由」イスラム圏反発拡大…テロの脅威続く

パリ同時多発テロから、11月で5年を迎えたフランス。再びイスラム過激派によるテロの脅威にさらされている。問題の発端は9月、風刺新聞「シャルリ・エブド」が掲載した、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画だ。2015年の編集部襲撃事件につながった風刺画を再び紙面に載せたことが、偶像崇拝を禁じるイスラム教の信者らの反発を招いたのだ。さらにマクロン大統領が「私たちの国には冒涜する自由がある」と述べ、風刺画掲載を擁護する立場を示したことが火に油を注ぎ、各地でイスラム過激派によるとみられるテロが相次いだ。

9月に、シャルリ・エブド旧本社前での襲撃事件。10月には、ムハンマドの風刺画を授業で見せた教員が首を切断された。さらに、南部の都市・ニースの教会で起きたテロでは、3人が殺害されている。それでもマクロン大統領は「風刺画をやめない」と宣言。「表現の自由を守る」というのが理由だが、トルコのエルドアン大統領は「マクロンという奴は、イスラム教に何の恨みがあるのだ?」と激しい口調で非難。イスラム圏の国々では、フランス製品の不買運動や抗議活動が相次いでいる。

イスラム圏との摩擦を抱えてでも「表現の自由」が重要視されるのは、「フランス共和国」の基本原則とみなされているためだ。18世紀の絶対王政に対し、市民が自由に意見を表明できたことが、革命を引き起こす原動力となったとの考え方が国民に深く根付いている。現地メディアも「フランスが責められることは何もない。我々の信条を否定し、自由を諦めなければならないのか」(フィガロ紙)など、マクロン政権を支持する論調が目立つ。

こうした追い風も受け、政府は12月に入り、国内76か所のモスクの調査に乗り出したほか、フランスの価値観に従わない団体の解散要件を拡大するなどのイスラム過激派対策の法案を承認し、強硬姿勢を加速させている。政府は、「イスラム教を取り締まるものではない」と強調するものの、イスラム教徒が国内に500万人以上いるといわれる中で、穏健な大多数の人々の反感を買い、さらなる治安悪化につながる可能性もある。

■2つの火種を抱えつつも“強硬姿勢”のマクロン大統領次の大統領選を見越した戦略!?

マクロン政権が、警察官の保護やイスラム過激派の取り締まりなどの治安対策を相次いで打ち出すのは、2022年の次の大統領選でライバルになるとみられる極右・国民連合を率いるルペン党首を意識した戦略という見方もある。

2017年の大統領選で、当時の国民戦線を率いたルペン氏は、反イスラム・反難民を掲げ、マクロン氏と接戦を演じた。2020年10月の世論調査でも、「次の大統領選で誰に投票するか」との問いに、23~26パーセントがマクロン氏、24~27パーセントがルペン氏と回答。支持率でマクロン氏とほぼ拮抗(きっこう)しており、人気はいまも健在だ。

そのルペン氏は、現地メディアのインタビューなどで、イスラム過激派によるテロについて、「難民や移民の共同体が過激派の温床になっている」と訴え、難民対策を強化すべきとの持論を展開。また、「なぜ抗議デモをもっと取り締まらないのか」と、政府の治安対策への批判を繰り返している。

このため、マクロン政権は治安対策を強化することでルペン氏の批判を封じ、その支持層の切り崩しを狙っているとみられ、現地メディアも、マクロン大統領が次の大統領選を視野に、治安問題に集中的に取り組んでいると分析する。大統領選にむけた活動が本格化していく2021年以降も、マクロン政権の強硬な姿勢は、さらに加速する可能性がある。

■パリ五輪にむけ開催国にふさわしい国をつくれるか

2021年の東京オリンピック閉会式では、次のパリ大会の開催国であるフランスへの引き継ぎ式が行われる。オリンピックの開催気運の高まりとともに、フランスが世界中から注目される機会も今後ますます増えていくだろう。

しかし、過激なデモやテロのおそれがある中、一体どれほどの観光客が安心してフランスを訪れることができるだろうか。マクロン大統領は頻発するテロを防ぐため、国境の警備を強化する考えを示し、EU(欧州連合)域内の自由な移動を認める「シェンゲン協定」の改革の必要性を訴えている。

一方、EUのフォンデアライエン委員長は、「最良のテロ対策は、若者が未来の展望を描けるようにすることだ」と視点が異なっている。欧米メディアも「表向きには、人種差別は存在しないとしているフランスで、移民の子孫は狭い部屋に住み、社会的上昇を達成できずに苦しんでいる」(ワシントンポスト)などと、フランスの構造的問題を背景に挙げている。

オリンピック憲章は、「人種や宗教などの理由による、いかなる差別も受けることなく、権利と自由を確実に享受されなければならない」と定めている。排外主義に陥らず、オリンピック開催国としてふさわしい国づくりをどう進めていくか、マクロン政権の力量が問われている。