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異例の王室批判 タイ反政府デモの行方

2021年1月2日 8:11

「一線を越えた」。タイで続く反政府デモを取材中に感じたことだ。デモを主導する学生らが踏み込んだのは、これまでタブーとされてきた「タイの王室」。この王室の改革を求めたのだ。

タイで国王は「神聖不可侵」と憲法に明記されている。刑法に「不敬罪」があり、王室を侮辱すれば最長で15年の禁錮刑が科される。その絶対的な権威に対して批判の声を上げる学生らの姿は、タイ社会に大きな波紋を広げている。

■タブーの王室改革に踏み込んだ背景
当初、学生らが求めていたのは、軍政の流れをくむプラユット政権の退陣と非民主的な憲法の改正、民主活動家への抑圧をやめることだった。

いずれの要求も根底にあるのは、軍をバックに強権的な統治を続ける政府への反発だ。デモのシンボルとなった3本指を掲げるジェスチャーは、“独裁への抵抗”を示すサインだ。「タイはまだ、真の民主主義を実現できていない」。デモの参加者が口々にした言葉だ。

「全員がリーダー」を合言葉に、複数の学生グループが緩やかに連携しながら行われているデモ。SNSを駆使して警察の取り締まりをかいくぐる手法はイマドキだ。

若者の発想に驚いたことがある。デモが予定されていたある日、主催グループがSNSに「ビッグサプライズを用意しているから駅に集合」と投稿した。現場に着くとスマートフォンの画面を見つめる学生らの姿が。いったい何が起きるのか―。

予定時間になったとき、SNSに投稿されたのは「デモは行わない」。「何もしないことがビッグサプライズ」というのだ。厳戒態勢をとった警察を手玉にとるようなやり方は若者ならではだ。

大規模なデモが始まって1か月ほどがたった2020年8月。タイ社会に衝撃が走った。デモ隊のリーダー格で人権派弁護士のアノン氏が、批判の矛先を王室に向け、公然と改革を訴えたからだ。一線を越えた瞬間だった。

その後のデモでは、王室に対して改革を求める「10項目の要求」が明らかにされた。そこには不敬罪の廃止や王室関連予算の削減、国王によるクーデターの承認の禁止などが含まれている。先鋭化する学生らのデモに、警察が放水車や催涙ガスを使うなど、緊張の度合いは増している。

ただ、王室改革を求める声は突然上がったのではない。これまでの要求の中に、それは暗に含まれていた。学生らは当初から、王室を改革しなければ「真の民主主義」は実現できないと感じていた。その理由は、「タイ式民主主義」と呼ばれる歴史と、現在のワチラロンコン国王の行動に深く関わっている。

タイではこれまで、政治が混乱するたびに軍がクーデターを起こし、新たな政権を時の国王が承認してきた。これまでに起きたクーデターは約20回。武力で権力を奪う非民主的な手段だが、タイでは国王の権威のもと「タイ式民主主義」として容認されてきた。学生らは国王によるクーデターの承認が、真の民主化を妨げる根本にあると考えている。

現在のワチラロンコン国王は2016年の即位後、巨額の王室資産を個人の名義に移したり、軍の精鋭部隊を直轄化したり、権限を強化してきた。またドイツに長期間滞在を続け、タイに戻ることはごくまれだった。

王室改革を初めて訴えた弁護士のアノン氏は、「権力の拡大は民主主義の許す範囲を超えている」と批判する。去年、新型コロナウイルスの感染が拡大する中も、ワチラロンコン国王がドイツに滞在を続け、奔放な生活を送っていると報じられたことで、批判の声が高まることになった。

しかしながら、タイには高齢者を中心に王室を慕う人たちが大勢いることも事実だ。君主制を支持する王党派のグループも各地で集会を開き、「王室を守らなければいけない」と訴えている。

世代間の分断をも生んでいる王室をめぐる議論。賛否を明らかにしていない中間層も大勢いるとみられ、学生らの訴えは広がりに欠ける。このデモは今後、どうなるのか。

■タブーに踏み込んだ反政府デモの行方
これまでのところ、デモを主導する学生らの要求はいずれも実現していない。振り上げた拳を下ろせない状況に、学生らは「2021年はさらに激しさを増して戻ってくる」と予告している。軍にクーデターの口実を与えないよう非暴力的なデモを意識している学生らだが、警察や王党派と不測の事態へ発展する懸念も残る。

今後につながる動きとして注目したいのが、国会が模索している「和解委員会」の設置だ。与野党の議員のほか、学生ら反体制派や王党派、有識者が参加して、問題解決に向け協議する場だ。デモの沈静化を図りたいプラユット首相も設置に同意していて、協議結果には応じるものとみられる。

いまのところ、学生らは問題の先送りだとして、代表を送らない姿勢を崩していない。国のあり方の根本をめぐり対立する者同士が、意見を一致させるのは容易ではないだろう。しかし、民主主義を追求するのであれば、話し合いの場にこそ、その答えがあるのではないだろうか。

“真の民主化を”という思いで始まった反政府デモ。今後、軟着陸するかたちで決着をみるのか、あるいはさらに激化していくのか。その行方が注目される。

(バンコク支局・杉道生)