解説:米外交トップ単独取材“意外な素顔”
バイデン政権の外交トップ、ブリンケン国務長官が日本メディア初の単独インタビューに応じました。
バイデン大統領から「最も信頼できるアドバイザー」と称される最側近は、ギタリストとして音楽配信を行うバンドマン。セサミストリートのキャラクターと難民問題を語り合う意外な素顔とは。(ワシントン支局長・矢岡亮一郎)
■ブリンケン国務長官とは
1962年、ニューヨーク生まれの58歳。母親の再婚相手でユダヤ人の義父は、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を生き延びた人物で、強い影響を受けた。国務長官に指名された際の演説でも、義父のエピソードから難民問題への関心を語っている。9歳でパリに移住し、少年時代をフランスで過ごした。流ちょうなフランス語は、カナダ外相との会談でも披露するほど。
ジャーナリズムや映画制作にも興味を抱くも、国務省に入った。国務長官への就任会見で「ジャーナリストとしてキャリアをスタートしたが私は成功しなかった。あなたたちの仕事は尊重している」と述べ、民主主義における「報道の自由」の意義を語ったこともある。
ビル・クリントン大統領のスピーチライターなどを経て、当時上院外交委員長だったバイデン氏と知り合う。オバマ政権で、バイデン副大統領補佐官や、国務副長官など要職を歴任した。国務副長官時代には、子供番組「セサミストリート」のキャラクターに難民問題を訴えたこともある。
趣味はギターのバンドマンで、音楽配信サービスでシングル2曲を配信している。2曲のタイトルは、「リップサービス(お世辞)」「ペイシェンス(我慢強さ)」。
単独インタビューは、17日午前、ブリンケン長官が滞在する都内の米国大使館と日本テレビをオンラインでつなぐ形式で行われた。マイクをつける際、趣味のギターの話を向けると「演奏する時間がない」と笑顔を見せた。和やかな雰囲気でインタビューは始まった。
■北朝鮮に「拉致問題を提起する」
ブリンケン長官は今回の訪問中、「2月中頃から北朝鮮への接触を試みている」ことを明らかにしている。インタビューでは「北朝鮮側と交渉する機会があれば、主要な議題の一つとして、拉致問題を提起するのか」との問いに対し、「イエス」とすぐさま明言した。さらに「私たちは拉致被害者家族と日本国民と完全に連帯している。今後北朝鮮との間で何が起きようとも、私たちは拉致問題を心に留めておく」と寄り添う姿勢を見せた。拉致被害者家族から受け取った手紙について「非常に力強く心動かされるものだった」とも述べた。
来日中、拉致被害者救出を願うブルーリボンのバッジをつけ続け、日本政府関係者は「こまやかだ」と感心したが、想定を超える拉致問題への言及だった。
■対中国「日米異なるアプローチ」にも一定の理解
今回、日米両国はぴったり足並みを揃えて、中国への強い懸念を示した。ただある日米外交筋は「日米はいまが一番美しい瞬間かもしれない」「総論から各論に移ると日米の立場の違いも露呈してくる」と不安も口にしている。中国と経済的な結びつきの強い日本としては、サプライチェーンの見直しを進めるバイデン政権について行けなくなる局面も予想される。
ブリンケン長官は「日本が対中国でアメリカと異なるアプローチをとることをどこまで許容できるのか」との問いに対し、「競争する側面もあれば、協力する側面もある」と応じた。日米の異なるアプローチにも一定の理解を示しつつ、同盟関係の重要性も改めて強調した。
■北京五輪ボイコット?
いま欧米では、来年冬に中国が主催する北京冬季五輪をボイコットすべきとの声も上がっている。ウイグル族などへの人権侵害がその理由だ。
ブリンケン長官は「アメリカがボイコットする可能性は」との問いには、「中国によるウイグル族など少数民族への人権侵害、香港で起きていること、台湾での緊張の高まりについて、世界からの懸念の声を聞いている」と応じた。ウイグルなどの人権問題の改善状況を見極めた上で、アメリカとして参加の是非を判断すべきとの認識を示した形。
一方で、東京五輪の開催については「日本政府の判断を支持する」と述べる一方、参加については「アメリカのオリンピック委員会が決めること」とした。
■“史上最悪”日韓関係の改善促す
ブリンケン長官は、オバマ政権時代、国務副長官として日韓の関係改善に取り組んだ実績がある。今回のインタビューでも「私は日米韓3か国の協力に多くの時間を費やし、大きく前進してきた」と自負をのぞかせた。
史上最悪の関係とされる日韓には「共通の価値観や利益がある」「歴史問題に取り組みながら協力することは、大きな利益になる」と関係改善を促した。アメリカとして「同盟国同士の関係活性化にも深く関与していく」と述べて、事実上、仲介役を果たすことに意欲を示した形だ。
■日本の安保負担「人的資源も含めた投資を」
ブリンケン長官はこれまで「真のパートナーシップとは、負担をともに背負うこと」と述べている。「日本に求める負担とは」との問いには、「価値観や利益を守るための人的資源も含めた投資が必要」と応じた。対中国を念頭に自衛隊の南西方面の態勢拡充などを求める考えを示したものだ。
■バイデン政権“戦略的外交”「中国との対話の前座」
ブリンケン長官は今回の訪日で、茂木外相との日米外相会談、オースティン国防長官、岸防衛相も交えた2プラス2(=外務・防衛閣僚協議)を行った。韓国でも2プラス2に臨む。
一連の日韓歴訪は、今月12日に行われたクアッド(=日米豪印4か国)の首脳協議からの流れの上にある。いずれもアメリカの強い働きかけで実現した。
今回ブリンケン長官は「中国が威圧的に物事を進めようとするなら、我々はそれを押し返す」と述べ、中国を名指しして、強い警戒感を示した。この日韓歴訪からの帰路、ブリンケン長官は給油地のアラスカ州に「呼びつける形」で、中国の外交トップ、楊潔チ政治局員と王毅外相を迎え、米中外相級会談に臨む。
そして、この米中アラスカ会談のウラでは、オースティン国防長官が韓国からインドに飛び、インド太平洋地域の連携強化を図る。クアッドに加わりながら「中国包囲網」の形成に慎重なインドに、国務長官と役割分担をして必要な一手を打つ形だ。
ある外交筋は「今回の日韓歴訪は、中国との対話の前座」との見方を示している。中国を「唯一の競争相手」と位置づけるバイデン政権の“戦略的な外交”がいよいよ動き始めた。