「子どもが欲しい思いは一緒なのに線引き…」同性カップルの生殖医療に“高いハードル” 推進する北欧デンマークの取り組みは?
去年から体外受精などの生殖医療への保険適用が拡大された。しかし、同性カップルの生殖医療は保険診療の対象外となっていて、依然として高額な治療費が経済的な負担となっているのが現状だ。さらに、生殖医療のルールを定めた法律が議論される中、生殖医療の対象が婚姻関係にある「夫婦」に限定されて、同性カップルへの生殖医療が事実上禁止される懸念も出てきている。
日本で「妊活」中の同性カップルと、生殖医療が推進されている北欧デンマークで子どもを育てる同性カップルを取材し、当事者の思いを聞いた。
■“300万円”全額自己負担…同性カップルにのしかかる経済的負担
日本では同性カップルの生殖医療に高いハードルがあるが、そうした中でも同性カップルのもとに生まれた子どもたちがすでに多数、暮らしている。しかし今、生殖医療の法整備に向けた議論が進む中で、同性カップルが生殖医療の対象から排除される可能性がある。子どもを持ちたいと願う同性カップルの、みさきさん(仮名)とあいさん(仮名)に話を聞いた。
――お2人のなれそめを教えてください。
みさきさん「共通の知人を通じて知り合い、連れ添って17年目になります。6年前に結婚式を挙げましたが、日本では同性婚が法的に認められていないので、私が『親』で彼女が『子』という形で養子縁組をしました。人生を共にするにあたって、法的な保証がないのは不安だったからです」
――17年間を共にするなかで、どのような経緯で生殖医療を受けると決めたのでしょうか。
あいさん「私はバイセクシャルで男性と交際していた経験もあり、将来は子どもを産み育てたいという希望をずっと持っていました。パートナーが女性でも男性でも、その気持ちに変わりはないです」
みさきさん「海外の精子バンクから第三者の精子を購入し、体外受精をしています。これまでに体外受精を2回行って、費用は300万円程度かかりました」
――費用が高額なだけでなく、治療を受けられる病院を探すのも大変だったのではないでしょうか。
(注:日本産科婦人科学会の指針では、生殖医療の対象を「法律婚の夫婦」に限定している。指針に法的拘束力はないが、同性カップルに生殖医療を行う病院はごく限られている)
あいさん「はい。病院探しはとても大変で、実際に治療を受けるまでに数年かかりました」
みさきさん「“同性カップルに生殖医療を行っている”と公表している病院はないので、人づてで探さなければならなかったんです。病院によっては、同性カップルに数十万円の手数料を要求するところもあります。同性カップルには選択肢がほとんどないので受け入れるほかなく、皆、わらにもすがるような思いで病院に通っています」
■生殖医療の対象を限定する法改正へ …当事者の声、届かず
――去年から生殖医療への保険適用が拡大されましたが、同性カップルは保険診療の対象外になっていますね。
みさきさん「男女カップルは3割負担ですが、私たちは法律上の夫婦ではないので、全額負担となっています。経済的負担はかなり大きいです」
あいさん「同性カップルの子どもと男女カップルの子どもが持つ権利は変わらないはずですが、生殖医療を受ける上での違いはとても大きいと感じます」
――超党派議員連盟が生殖医療のルールを盛り込んだ法律の改正案を議論していますが、そこには「生殖医療の対象を“婚姻関係にある夫婦”に限定する」と明記されています。改正法が成立した場合、同性カップルが生殖医療を受けられなくなってしまう可能性があります。
みさきさん「生殖医療が男女カップルと同性カップルで平等に受けられないことに疑問を感じます。子どもを持ちたい気持ちも手段も一緒なのに、線引きされて選択肢が奪われるのはとても悲しいです。子どもを持ちたい同性カップルは年々増えていますし、実際に、すでにたくさんの子どもが生まれています。その子どもたちの存在が考えられていない法案が議論されているという現状に不安を感じます」
あいさん「生殖医療に何らかのルールは必要だと思いますが、当事者の声が届かず決められてしまうのは本当に残念です」
(注:一般社団法人こどまっぷが2021年、出産・子育てをしている/しようと考えている性的マイノリティ534人を対象に行った調査では、「出産・子育てをしている(妊娠中含む)」と答えた141人のうち、半数以上の77人が第三者からの精子・卵子提供によって出産していた。こどまっぷによると、現在までにその数は増え続けているという)
――同性カップルの生殖医療に対して法整備がなければ、安全面も懸念されますね。精子提供を受けるにあたり、感染症のリスクや性犯罪に巻き込まれる可能性も指摘されています。
みさきさん「法整備がないために、リスクの高い方法を選択してしまう人もいると思います。精子ドナーを見つけるのもとても大変なので、素性の知らない人からもらうケースも増えてしまうかもしれません」
あいさん「そういったところにしか頼れない人もたくさんいると思います。生殖医療から同性カップルを排除すれば、親の安全も子どもの安全も守られないことになります」
みさきさん「誰もが安心して治療を受けられるようにする法整備が、生まれてくる子どもの福祉を守ることにもつながると思います」
――同性カップル含め、誰もが選択肢を持てる社会を作っていくことが重要ですね。最後に、お2人は将来どのような家庭を作りたいですか。
あいさん「男女カップルに『なぜ子どもを持ちたいのか』と聞くことはあまりないじゃないですか。お互いを思い合う2人が一緒に住んでいて、子どもを持ちたいと考えるようになって、実際に子どもが生まれて育てていく…私たちにとってもそれくらい自然な流れなんです」
みさきさん「同性カップルから生まれたというルーツについては、子どもが小さいころから隠さずに伝えていきたいと思います。周りの子育てしている同性カップルを見ても本当に幸せそうなので、そこに不安はありません」
あいさん「子どもが成長するにつれて『自分の家族は周りと違う』と気づくと思いますが、そのときには『私たちが望んであなたを授かったんだよ』ということを伝えていきたいです」
■生殖医療を推進するデンマークの取り組みは?
一方、女性の同性カップルが生殖医療を自由に受けられる国もある。北欧デンマークでは、回数制限はあるものの、在住者の40歳以下の女性であれば、同性カップルでも、独身でも、生殖医療を公的機関で無料で受けられるのだ。
私立のクリニックでの生殖医療は有料になるが、生殖医療を提供しているほかの国よりも比較的安価で受けられるため、不妊に悩む夫婦だけでなく、自らシングルマザーになることを選ぶ独身の女性や、第三者からの精子提供が必要になる女性の同性カップルにとって、生殖医療へのアクセスのハードルは低いという。こうした政策によって、デンマーク政府の調査では、生殖医療によって子どもを持つ同性カップルや独身女性は、この10年間で2倍に増加している。
■生殖医療推進の背景には「世界最大の精子バンク」
そうした生殖医療へのアクセスをさらに身近にしているのは、デンマークにある「精子バンク」の存在だ。デンマークの第二の都市オーフスにある世界最大の精子バンク「クリオス・インターナショナル」では、ドナー希望の男性から集めた精子を運動率などの基準で選別。基準に達したもののみを凍結保存している。
取材した日にも、いくつもの精子に注文が入っていて、巨大なタンクから凍結保存された精子が厳重な管理で運び出され、世界各国の生殖医療を行うクリニックに届けられていた。これまでに8万5000人の人々が「クリオス」から精子提供を受けて子どもを授かっているという。
デンマークには、「クリオス」のほかにも複数の精子バンクがあり、それぞれ世界各国のクリニックと提携を結んで、生殖医療の発展に寄与している。
デンマークの生殖医療について、デンマークの元保健相でもある「クリオス」の代表のニールセン氏は、「15年前から法整備が進んで、今も発展を続けています。文化的背景、宗教的背景、性的指向にかかわらず、子どもが欲しいと願う人々に対して、安全な方法でサポートすることは、とても崇高なことです」「これまで第三者の精子提供についてデンマークは進歩してきたので、今後は、卵子提供についても精子と同様に進めていかなければいけません」と話す。
■同性カップルが子どもを持つことは「自然なこと」に
「クリオス」などから精子の提供を受けて、実際に生殖医療を行うデンマークのクリニックを訪れてみると、壁一面に生殖医療で生まれてきた子どもたちの写真が飾られていた。こちらのクリニックでは、比較的安価な生殖医療を求めて、外国からデンマークでの生殖医療を求める人が増えていて、その大半が、独身の女性や、同性カップルだという。
クリニックを経営する医師のリサさんは、自身もレズビアンで、生殖医療で子どもを生んだ経験を持っている。リサさんは「私自身がそのプロセスを経験してきたということが、生殖医療を受ける人々の心を理解するのに役立っていると思います」と熱のこもった口調で話した。
リサさんは今、パートナーのリズさんと3人の子どもたちと暮らしている。同性カップルでも子どもを生み育てることは、自然な選択だったと話し、2人で話し合って、1人目の子どもはリズさん、2人目の子どもはリサさん…というように、交互に妊娠・出産をしたという。
リズさん「2人とも出産を望んでいたのは分かっていましたから、どちらが先にするかとなった時に、私はリサより2歳年上だから、最初は私…とするのが自然でした」
リサさん「生物学的な共通点を持たせたかったので、子どもたちは皆、同じドナーの精子を使って生まれています」
2人は子どもたちに、生殖医療をわかりやすく描いた絵本を使って、生まれてきた経緯を説明したという。生殖医療で同性カップルのもとに生まれてきた子どもたちは、その事実について「自然なこと」だと話す。
長男・トアさん「自分にとってとても自然なことだと感じています。不自然だと思ったこともないし、居心地が悪いとか感じたこともありません。僕には2人の両親がいて、彼女たちを愛しているので」
長女・エスターさん「学校のクラスの友達は、私に2人の母親がいることを知っているし、そのことを話題にすることはまったくありません。ほかにも同じように同性カップルから生まれてきた子どもが学校には何人もいます。問題になったことは一度もないですし、私は友人たちと同じように、普通の家庭の普通の子どもなんです」
同性カップルが子どもを持つことが“特殊なこと”ではなくなりつつあるデンマーク。対照的に、日本では生殖医療が受けられなくなる可能性があることについて聞いてみると――
リサさん「間違った方向の政策だと思いますし、見直されることを願っています。私たちは、外国の人々に対しても生殖医療に関するサポートを続けていきます」
リズさん「デンマークではすべての人たちが、同性カップルが子どもを生むことをごく自然なことだと考えているのは明らかです。しかし、制限を設けたり、法律で規制したりすると、家庭を築く人は少なくなるでしょう。そうすると同性カップルが子どもを持つことが特殊なことになって、人々の認識の中で、そのことが問題になるのだと思います」
2人は「子どもを持ちたいと願う全ての人に寄り添う政策が必要だ」と訴えている。