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タイで“ロシア革命”……観光客・長期滞在者が急増中 寒い冬&部分動員から逃れて南国リゾートへ?

2022年12月24日 13:00
タイで“ロシア革命”……観光客・長期滞在者が急増中  寒い冬&部分動員から逃れて南国リゾートへ?
プーケットのビーチ

タイでいま“ロシア革命”が起きている。欧米の経済制裁が続く中、タイのリゾートを訪れるロシア人観光客が急増しているのだ。また、長期滞在を見据える人も増えているという。なぜ今ロシア人はタイを目指すのか、その背景を取材した。(NNNプーケット 平山晃一)

■“ビーチ”に“ムエタイジム”…… ロシア人であふれかえるプーケット

青い海に白い砂浜が広がる、タイのプーケット。世界でも有数の南国リゾートだ。タイが観光業の再生を急ぐ中、戦時中のロシアから、観光客が殺到していると聞き、現地へ向かった。

ビーチで観光客に声をかけると、そのほとんどがロシア人。あちこちでロシア語の会話が聞こえた。インタビューでは、ロシアによるウクライナ侵攻についても聞いたが、「私とは関係ない」「その質問には答えたくない」と話すばかりで、真正面から答えてくれる人はいなかった。後ろめたさもあるのだろうか。

タイの国技・ムエタイのジムを訪ねると、ここにも多くのロシア人の姿が。特に今年10月以降、ロシア人が急激に増えてきているという。ロシア人の有名なプロ格闘家がコーチをしていたり、ロシア語ができるタイ人コーチもいるため、観光客からプロまで、最近は、1日100人以上のロシア人が練習に来るという。

■その殺到ぶりは“ロシア革命”観光客急増のワケ

プーケットを訪れるロシア人観光客は、今年2月のウクライナ侵攻後に激減した。しかし、10月以降は急増し、11月には6万人を上回った。国別の観光客数でも、1位に。観光事業者が受け入れに追われる状況を、地元メディアが“ロシア革命”と伝えるほどだ。

<11月の国別観光客数 プーケット入管より>
1位 ロシア 6万3249人
2位 インド 2万9147人
3位 オーストラリア 1万4897人

その一因が、ロシアとタイを結ぶ直行便の再開だ。ウクライナ侵攻後、欧米による制裁などの影響で一時運休していたが、10月に再開された。観光業の再生を目指すタイ側の働きかけもあったという。もともと冬の寒い時期には、暖かいビーチリゾートで過ごすロシア人も多く、今年は制裁でヨーロッパへの入国が制限される中、タイ人気に拍車がかかっている。

■ロシア人観光客の“三重苦”は…

私は、ウクライナ侵攻直後の今年3月にも、プーケットを取材した。欧米の制裁の影響で、ロシア人観光客は当時、三重苦の状態にあった。

【1】直行便の停止→解消
まずタイとロシアを結ぶ直行便がなくなり、多くのロシア人観光客が帰国できなくなった。限られた経由便の値段は高騰し、「高くてチケットが買えない」そんな声が聞かれた。この直行便は前述の通り、10月に再開し、本数も増えている。

【2】通貨ルーブル安→解消
さらに当時は、ロシアの通貨ルーブルの価値が暴落。ロシア人にとっては、プーケットでの買い物がより割高になるという問題もあった。ルーブルの両替自体を受け入れない店も多かった。しかし、その後、ルーブルの価値は回復し、この問題も解消している。

【3】クレジットカード使用不可→抜け道も

いまだ解消されていないのが、クレジットカードをめぐる問題だ。クレジットカード大手がロシアでの事業を停止し、カードはいまだ使えないままだ。

しかし、現地で取材すると、さまざまな抜け道があるようだ。レストランで、あるロシア人家族が見せてくれたのは、隣国カザフスタンで発行されたクレジットカード。ロシアにいながらにして、インターネット経由で入手できたという。「ロシアのカードがブロックされた直後はとても困ったが、いまはカザフスタンだけでなく、タジキスタンのカードも入手できるので、問題はもう解決済み」と話していた。

また別の家族は、旅行の数日前に、中国系の「銀聯(ぎんれん)カード」を作り、タイを訪れていた。タイでは、クレジットカードが使える店なら、たいていの場所で「銀聯カード」も使うことができる。制裁の影響を避けるため、ロシア人観光客は、さまざまな準備をしていた。

■長期滞在者も急増中…部分動員から逃れる目的も

地元メディアによると、ロシア人観光客の平均滞在日数は約12日。しかし今、より長期の滞在を見据えるロシア人も増えているという。その理由は、ロシアで今年9月に実施された、部分動員だ。対象外の人が招集されるなど混乱し、ロシアから国外へ脱出する動きが加速した。

ロシア人は、ビザなしで1年に最大150日までタイに滞在できるため(1度出国の必要あり)、部分動員から逃れる目的でタイに来たロシア人も数多くいるとみられている。地元メディアが、そんなロシア人男性(26)の声を伝えていた。「出発前に、ロシアの警察から事情聴取を受ける可能性が高かったため、あまり荷物を持ってこなかった」「ビザなしで長期間滞在はできるが、ここで労働許可を得るのは難しい」長期滞在を見据えるロシア人には、オンラインでIT関連の仕事をする人も多いという。

また、プーケットの不動産会社に話を聞くと、以前は1か月ほどの契約で、コンドミニアムを借りて過ごすロシア人観光客が多かったが、最近はより長期の契約を結ぶケースが増えているという。また、こんな特徴もあると指摘する。「20代後半から40代前半の子ども連れの家族が多く、ロシアの部分動員から逃れる目的でタイに来ているようだ。滞在期間を決めていない家族も多い。しばらくここで様子を見たいのだろう。また、プーケットはロシア人のコミュニティもあるので、生活しやすいと思う」

■したたかに立ち回る“観光立国”タイ

新型コロナウイルスの影響で、観光業に大打撃を受けた、観光立国タイ。ウクライナ侵攻をめぐっては、ロシアへの制裁を続ける欧米などとは一線を画し、直接の非難を避けるなど、中立の立場をとり続けている。

コロナ禍前には全体の約3割を占めていた中国人観光客がいまだ戻らない中、タイはかつてのお得意様であるロシア人観光客を取り込もうと必死だ。12月には、タイとロシアの国交樹立125周年を記念し、ロシアの有名ジャズアーティストによるコンサートを開催。多くのロシア人観光客でにぎわっていた。

大国間の争いからは距離を置き、あくまで実益を優先する、そんなタイのしたたかさが際立っている。