「追加動員」発動? 国民意識が急変…2024年大統領選挙に向けプーチン大統領の“苦悩”
「ウクライナ侵攻」から10か月が過ぎた。ロシアで第二次世界大戦後、初めて行うことになった一般市民の「動員」は、プーチン大統領にとって2022年の大きな誤算だった。そして、今後の流れを左右する可能性もある。
(NNNモスクワ支局)
■「年末イベントはありません」
22年12月12日、ロシア大統領府は毎年行われてきたプーチン大統領“年末恒例”の「新年を迎えるレセプション」はやらない、と発表した。バンドも入る、いわば“忘年会”である。中止理由の説明はないが、ウクライナ侵攻であることは疑いない。
30万人もの動員兵を氷点下の戦場に送り出しておきながら、自らは暖かなクレムリンでワインを傾ける姿は見せられない…ということだろう。
■勝負に出たプーチン大統領
プーチン大統領が「動員」を口にしたのは、ウクライナ侵攻開始から7か月後の22年9月21日だった。「ロシアと国民を守るために、あらゆる手段を行使する。はったりではない」と本気を強調し、それまで「やらない」としてきた「動員」に手を出した。
「“1000キロを超える戦闘ラインができた”から数が必要だ」と、必死に国民の理解を求めたのである。その上で今回は「現在、予備役に就いている市民。とりわけ軍に勤務し、特定の専門と経験を持っている市民だけが徴兵の対象」となる「部分的動員」だと説明している。ひとつの勝負に出た。
■“土足”で入ってきた“戦争”
即日発効した「部分的動員」大統領令に対して、モスクワでも抗議デモがあった。22年2月の侵攻開始時にはなかったことから、国民が受けた衝撃の大きさがわかる。
日本では「ロシアは戦時下の国」とのイメージがあると思うが、実際の生活は極めて“普通”だ。物価指数は前年比約14%上昇したが、一部の外国製品を除いてスーパーにない物はない。「動員」が発表される前まで、ロシア国民にとって「ウクライナ侵攻」は、“どこか遠くの国のお話”というムードがあった。それが突然、“土足”で家に入ってきたのだ。
■逃げれば“裏切り者”
木々が色づいた22年10月、国防省の川向かいにあるゴーリキー公園で「動員」について市民に聞いた。子ども連れの夫婦とのやりとりが全てを表しているように思う。
――動員は心配ですか?
夫「まだ関係ないですが…もちろん心配です」
――お知り合いに動員された人はいますか?
夫「職場には通知を受け取った人がいます」
――怖いですか?
夫「少し怖いです。行きたくはない」
妻「でも逃げたら裏切り者ですよね。ここで生活がしにくくなりますよ」
――動員されたら行きますか?
夫「呼ばれたら…多分、行くと思います」
■「総動員」への懸念…3分の2
プーチン大統領の「動員」発表直後に行われた独立系世論調査機関「レバダセンター」のデータ(22年9月29日発表)がある。
「部分的動員」についての感情を尋ねたところ、一番多かったのは「不安、恐怖」で47%、次いで「ショック」23%、「怒り、憤り」が13%だった。
「ロシアの誇り」と答えた人も23%はいた。そして、「部分的」ではない「総動員」に変わることへの懸念を持っている人が66%いて、侵攻開始前の調査、28%から約2倍に増えていた。
■全員が持っている「軍人手帳」
日本では想像できないが、ロシアでは成人男性全員が「軍人手帳」を持っている。支局のスタッフが見せてくれた。これがないとパスポートすら取得できないのだという。引っ越せば、地元の軍事務所に届け出なければならない。つまり、軍が全ての男性を掌握している。
「部分的動員」開始当初、プーチン大統領が言った「予備役で専門と経験を持っている市民だけ」に限らず、軍から招集通知が送られたことが発覚した。軍が直接管理していることと無関係ではなさそうだ。プーチン大統領は、すかさずミスの存在を認め“火消し”に走った。
■「今のところはない」
プーチン大統領は22年12月7日の記者会見で「軍事作戦は順調で、今のところ、部分動員を再開する要因はない」と述べた。「今のところ」である。
ショイグ国防相は当初、「30万人は予備役全体約2500万人のうち1%」だと説明している。10か月を超えた“戦争”に、連邦議会の急進派議員からは「総動員すべきだ」との声も上がり始めた。「追加動員はない」と考えるロシア国民はいないように思う。
■プーチン大統領、2023年は苦悩の年
22年11月末、独立系メディアが、ロシア連邦警備局が行った極秘世論調査をすっぱ抜いた。「戦争継続」支持が25%に半減し、「和平交渉」を求める国民が55%にまで増えた、というのである。「動員で流れが変わった」と分析している。侵攻直後から80%前後の高い支持率を維持するプーチン大統領にとっても心穏やかではいられない数字だ。
24年春には大統領選挙が控えている。ウクライナ侵攻を完遂するために「追加動員」に舵をきるのか、国民世論を意識して「和平交渉」に動くのか。「動員」はプーチン大統領にとって22年の大誤算であり、その拡大は大統領選に向けた賭けになる。