連載 ウクライナのいま 第3回「『トランプ停戦』に揺れるウクライナ」
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この連載では、NNNのウクライナ取材をコーディネートするキーウ在住のビタリー・ジガルコ氏が、ウクライナのいまを報告する。連載第3回は米トランプ政権が主導して始まった停戦交渉について、ウクライナの人々の複雑な思いを伝える。
(文:ビタリー・ジガルコ/編集:坂井英人)
■「トランプ停戦」への期待と不安
こんにちは! ビタリー・ジガルコです。
私はキーウに住み、コーディネーターとして戦時下のウクライナを支援する日本関連のプロジェクトに携わったり、日本の報道機関にウクライナでの取材のサポートを提供したりしています。まず日本の人々へ、ウクライナへの継続的な支援に改めて心からの感謝を申し上げます。ウクライナは未来の世代の生存と自由のために戦っています。
トランプがアメリカの新たな大統領に就任して、間もなく、ひと月になろうとしています。ウクライナ人は自らの国の当面の行く末について、希望を持つ一方で、深い懸念も持っています。
私は仕事柄、様々な背景を持つウクライナ人と話をしてきました。トランプが、すぐに戦争を終わらせ、人々への殺りくを止めてくれると期待する人もいます。息子が戦死した女性は「この苦しみをもう、どの母親にも経験してほしくない。(戦争は)終わらせなければならない」と話しました。一方で、戦争を続けることを望む人たちもいます。占領された土地から避難してきた人々の中には「戦い続ける限り、故郷を取り戻す可能性は消えない」と考える人が多くいるのです。
■「戦争の終わらせ方」とウクライナが払った犠牲
実際の所、私たちの多くは心の中で「その日」が来ることを期待しています。戦争がついに終わり、空襲警報は、もはや鳴ることもなく、夜間外出禁止令が解除され、ミサイルや無人機の爆発音は平和と勝利を祝う花火の音に取って代わられる「その日」を。
2022年2月24日に本格的な侵攻が始まったとき、私たちの誰もが戦争は、すぐに終わると期待していました。ウクライナ軍がキーウ州、スムイ州からロシア軍を撤退させ、ハルキウ州やヘルソンを奪還したとき、戦争終結への期待は、さらに高まりました。しかし、その後、戦線は膠着(こうちゃく)し、ウクライナ軍の武器・兵士不足は深刻化し、東部の戦線ではロシア軍が我々の土地を侵食し続けています。
こんにち、トランプ、プーチン、ゼレンスキーの交渉と、つばぜり合いが活発になる中、この春には長く待ち続けた平和がウクライナにもたらされるのではと、みなが期待しています。しかし、その平和に、どのような条件が伴うのかということが、多くのウクライナ人を不安にさせる最大の問題です。
何十万人ものウクライナ人の殺害を命じ、数千人の子どもたちの拉致を命じ、数百もの町の破壊を命じた独裁者の責任は問われるのでしょうか?
世界で3番目の規模だった核戦力を放棄し、世界の安全保障に多大な貢献をしたウクライナ人が、本格的侵攻から3年を経てもなお、自らの土地で自由に生きる権利のために血を流し続けているのは、なぜなのでしょうか?
ブダペスト覚書(※1994年署名、ウクライナなど旧ソ連3か国が核兵器を放棄する代わりに米英露が安全を保障する内容)に基づいてウクライナの安全を保障した国々が、この悲劇を傍観し、ロシアの条件を受け入れるようアドバイスするのは、なぜなのでしょうか?
ロシアが勝利すれば、いまの国際秩序が崩壊し、力を持つ国が好き放題に他国を侵略してもよい世界になってしまうでしょう。ウクライナの戦いは、自らの自由と独立のためだけでなく、世界の未来のためでもあるということを国際社会は理解していないのでしょうか?
もしロシアが、その行動の責任を問われることがなければ、他の国にとっての非常によいお手本となるでしょう。独裁者たちはロシアの例にならい、隣国から力ずくで土地を奪うことでしょう。
「戦争を凍結しさえすれば、平和が訪れる」と他の国の人々が考えているのであれば、それは誤りです。ロシアの本当の目的は、ウクライナの完全な占領であり、その次の標的は他のヨーロッパの国々です。ミュンヘン安全保障会議の結果を受けて、我々が議題としているのは、ロシアがヨーロッパの別の国を侵略する「可能性」ではなく、「それがいつか」であると、ヨーロッパの指導者たちが理解し始めたと期待しています。
だからこそ、ロシアがウクライナや他の国への侵略を繰り返すことができないような、ウクライナにとっての公正な平和が達成されることが重要なのです。
もし私たちが、いま戦争を凍結すれば、数年の後、さらに規模の大きな戦争が起きるでしょう。そのときの戦場は、ウクライナだけではありません。このことを多くの国が真剣に考えていないことは、悲しむべきことです。ウクライナ人は、こうした問題を心配しています。
私たちは子どもたちに戦争のない国を引き継ぎたいのです。戦争はウクライナの子どもたちから、子ども時代、健康、親族、そして親を奪いました。私たちウクライナ人にとって、このプーチンという名の悪が罰せられないことは非常に、つらいことなのです。
こんにち、世界のメディアでは、アメリカの支援の見返りにウクライナの鉱物資源を提供することや、ウクライナは占領された土地を諦めるという「トランプの計画」の詳細、アメリカ・ドイツ・スロバキア・ハンガリーの反対によってウクライナがNATOにも加盟できないことが盛んに報じられています。残念ながら世界は、我々ウクライナ人の暮らしの状況や、自由に生きる権利のために、どれほどのウクライナ人が命をささげたのかについて理解していません。
■どのような終わり方でも恥じることはない
こんにち、戦争の終わり方について悲観的な予測が、ますます増えています。しかしながら、どのような形で戦争が終わろうとも、我々ウクライナ人が恥じることはないでしょう。
ロシアは、キーウが3日間で陥落すると考えましたが、ウクライナは、この全面戦争に3年間持ちこたえてきました。戦争は、つらく、苦しく、我々は疲れ果てていますが、ロシアは私たちの魂を打ち砕くことは、できていません。確かに、ロシアは我々を物理的には破壊できます。しかし、ウクライナの人々の自由への愛を抹殺することは、できないでしょう。
私は祖国のために、それぞれの場所で戦う全てのウクライナ人に感謝します。我々を支えてくれる世界のパートナーたちに感謝します。そして、困難なときに肩を貸してくれた日本の人々に感謝します。
この戦争が、どのような終わりを迎えるか、まだ分かりませんが、我々ウクライナ人は自由を愛し、そのために戦う覚悟がある国民だと歴史に刻まれるでしょう。ウクライナに栄光あれ! (敬称略)