台湾・蔡英文総統の民進党“大敗”の衝撃…中国の揺さぶりと“フェイクニュース”
台湾の蔡英文総統が率いる民進党は「中国への対抗」を前面に統一地方選挙を戦うも惨敗。中国が軍事的圧力を強める中、「台湾を守ろう」という訴えは有権者に響かなかった。台湾の変化の兆しなのか? 次のリーダーを選ぶ総統選挙はおよそ1年後に迫っている。
(NNN上海支局 長谷川敬典)
■蔡英文総統が謝罪…引責辞任に追い込まれる
「選挙結果を謙虚に受け止め、全ての責任を負う」
2022年11月26日、蔡英文総統が深々と頭を下げて謝罪した。原因は台湾で行われた統一地方選挙。この日、台湾全土で21の県知事・市長選挙の投開票が一斉に行われたが、蔡総統が率いる与党・民進党は獲得ポストを改選前の7から5に減らし、"大敗"した。
■中国につけいる隙を与えた蔡政権の“ほころび”
蔡総統や民進党は、今回の統一地方選挙を“次の総統選挙の前哨戦”と位置づけて「中国との関係」を争点にしようとしたが、その狙いは外れた。そもそも今回の選挙は地方選挙で、それぞれの地域が抱える社会問題や雇用・経済政策を重視した有権者は少なくなかったからだ。
しかし、この選挙結果に中国政府は「平和と安定を求める台湾の民意を反映している」とコメント。“蔡政権がこれまで貫いて来た中国への強硬路線が台湾の有権者に拒否された”との解釈を中国国民や台湾に向けて発信している。
「たかが地方選挙での敗戦」ではあるものの、蔡総統の求心力低下は避けられない。「親中国」政権の誕生を望む中国政府にとって、願ってもない状況だろう。中国は長期戦略を描き、これまで様々な手法で台湾世論に揺さぶりをかけてきた。
■中国の揺さぶり…台湾産食品の輸入禁止を続々と発表
中国は2022年8月にアメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問したことに猛反発し、台湾を包囲する形で大規模な軍事演習を実施した。
それとほぼ同じタイミングで、中国当局は台湾産のかんきつ類やタチウオなどの輸入停止を発表した。理由は「基準値を超える農薬や害虫が検出された」「包装から新型コロナウイルスが検出された」と説明している。
これまで輸入禁止になった台湾産食品の中には、90%以上を中国での販売に頼っているものが含まれる。中国で販売できなくなり、生活が立ちゆかなくなる人は少なくない。中国の輸入禁止措置は台湾にとって“経済制裁”にほかならない。
■台湾軍人が中国から賄賂受け取り「降伏承諾書」にサイン
2022年11月、衝撃的なニュースが台湾を駆け巡った。台湾高雄地方検察署は、中国側から賄賂を受け取った台湾陸軍の現役の大佐を収賄の罪で起訴した。
台湾メディアなどによると、この大佐は「戦争が起きたら自分の持ち場で祖国(中国)のために力を尽くす」「平和統一の使命を完成させる」などと書かれた、いわば「降伏承諾書」に署名した。その見返りに中国側から毎月およそ18万円、合わせて253万円あまりの賄賂を受け取っていた。
大佐は台湾が実効支配する金門島で前線指揮官などを務めていて、社会に大きな衝撃を与えた。台湾国防部は「中国共産党による重大な脅威」と危機感を強め、軍人教育を強化する方針を示した。
■「アメリカが台湾の半導体工場を爆破」…拡散する偽情報
日本の防衛省のシンクタンクである防衛研究所は「中国安全保障レポート2023」の中で、中国は偽情報の拡散などによって、相手社会で不信や分断を増幅させる「影響力工作」に力を入れ、中国共産党に有利な状況を作り出していると指摘した。
台湾でフェイクニュースの影響などを調査している市民団体「台湾民主実験室」によると、今回の統一地方選でも中国の「影響力工作」が行われていたという。
『台湾海峡で戦争が起きたらアメリカがTSMC(台湾の半導体大手企業)を爆破する』
台湾民主実験室によると、このような情報が2022年以降、台湾のSNSで拡散された。台湾付近で米中による戦争が起きた場合、“台湾の半導体技術が中国に渡るのを防ぐために、アメリカが工場を爆破する”という内容のフェイクニュースだ。
だが、この話題は台湾のSNSで「アメリカは本質的には台湾を守ってくれない」など一定の議論を呼んだ。アメリカとの関係を重視してきた蔡政権や民進党への批判につながる内容だった。
中国政府の工作かはハッキリしていないが、これらの情報は、中国の政府系メディアや中国のSNSで盛んに発信され、結果的に台湾社会で拡散していったと分析されている。
■「親中政権」誕生に向けて情報戦が激化
台湾統一を掲げる中国だが、軍事侵攻を行えば国際社会から非難され、台湾で反中感情が高まるなどデメリットが大きい。そのため中国としては、台湾の選挙で「親中政権」が誕生し、“平和的”に統一することが最善と考えているとみられる。中国への強硬路線を進める蔡総統の民進党が勝つのか、あるいは親中政権が誕生するのか。およそ1年後に迫る次の総統選挙は、台湾の未来を左右する重要な選挙になる。
2023年は中国からの軍事的、経済的な圧力に加え、台湾世論をめぐる水面下の情報戦が一段と激しくなることが予想される。