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ウクライナ・ブチャ解放から1年――“大量虐殺”の町で何が…住人の貴重な証言をひもとく

2023年4月7日 21:55

ウクライナの首都近郊のブチャで起きたとされる“虐殺”。ロシア軍の占領下で何が起きていたのか。1年前現地入りしたNNN取材班は凄惨な光景を目にした。そして多くの住民からロシア軍の残虐な行為に関する証言を得ていた。
(日本テレビ・前ロンドン支局長・古谷朋大)

ウクライナの首都キーウ近郊の町ブチャではロシア軍が大勢の住民を虐殺したとされている。そのブチャが解放されてから1年が経過し、先月31日、現地で追悼式典が行われた。ウクライナのゼレンスキー大統領はブチャとその周辺で1400人以上の住民が殺害されたと主張している。

私は去年4月の15日にブチャを取材した。まだロシア軍が撤退してから間もないタイミングで、そこには凄惨な光景が広がっていた。

■証言1:「多くの遺体が射殺されていた」

岸田総理大臣も訪問した聖アンドリア教会では遺体の掘り起こしと検死作業が続けられていた。数体の遺体が横たわり、何かで切断されたような遺体、手足の無いものもあり、明らかに自然に死んだものではないと感じた。

多数の遺体を埋葬したという教会のハラビン司祭は「75%から90%は射殺されていた。偶然ではなくて意図的に殺されたのだと思う」「後ろ手に縛られ後頭部を打ち抜かれた遺体もあった」などと証言した。

■証言2:「家から出ると無差別に銃撃」

ブチャは侵攻開始後まもなくロシア軍に占領され、首都攻防戦の最前線として激しい戦いが行われた場所だ。ウクライナ軍が奪還した後、虐殺されたとみられる住民の遺体が次々見つかった。ロシア軍が何をしたのか、私たちはブチャの住民から多くの証言を得た。

取材したのは町の南側にあるイワノフランカ通り。ブチャを取材する中、特に被害が大きいエリアがあると聞いたのだ。実際この通りに並ぶ家々は破壊し尽くされ、つぶれた車などがあちらこちらに放置されていた。この場所の住民によると、ロシア軍に家から出るなと言われ、外を出歩けば無差別に射撃されたという。ロシア兵はまた住民の携帯電話を取り上げ動画などロシア軍の行動の記録を撮影していないかも確認していたという。

■証言3「一家6人が殺されて焼かれた」

ある住人の男性は、この通りに住む一家全員6人が殺され、その後焼かれたと証言した。男性はその遺体が焼かれた現場を案内してくれたが、大きなたき火の跡のようなものが残っていた。

■“虐殺”の全貌はいまだ不明

あれから1年が経過したが虐殺の全貌はいまだ明らかになっていない。虐殺されたのか、戦闘の巻き添えになったのか、その線引きは簡単ではないからだ。そもそもロシアは虐殺など無かったとの立場を崩していない。

当時ロシアの駐日大使だったガルージン氏がBS日テレの「深層NEWS」に出演した際、虐殺を否定した。その際、私たちは現地で取材した情報をもとに事実の追及を行った。通信社や地元メディアの情報だけではそうしたことはできない。虐殺があったのかなかったのか、これからも議論や検証が続くだろうが、少なくとも報道機関が自らの取材に基づく判断材料を持っているというのが極めて重要だろう。

こうした証言は正に「足で稼ぐ」形で丹念に収集している。被害のひどい場所を見つけると付近の家を一軒一軒回って情報を集めるという作業だ。ある時道を走っていると黒こげになった乗用車が何台も放置されているのを見つけた。これは何だろうと近くの集落に向かい、話を聞いているとその車に乗っていたという男性を見つけた。

証言してくれたバレリィーさん達はロシア軍の侵攻後、他の住民とともに避難をしようと車を走らせていると、ロシア軍の戦車に出くわしたという。戦車との距離は200mほど。時間は昼間で車列が一般市民のものであることは容易に目視できるはずだ。彼らは攻撃されないように白旗も振っていたという。しかしロシア軍は容赦なく車列に向けて機関銃を射撃。全ての車が炎上し、この場で少なくとも6人が亡くなったということだった。バレリィーさんは傷を負ったものの近くの畑に飛び込んで命は助かったという。

一方で報道陣だと思うと自らよって来る人もいて、証言のすべてが事実とも限らない。誇張が入っている可能性がある。話の内容に不自然な点が無いか我々としても注意しないといけない。

■取材時は入念な安全管理

私はウクライナを5回にわたって取材した。最初に入ったのは2022年の1月。事前に詳細な取材計画書を練り上げた。

まずロシアが侵攻してきた場合の脱出ルートを何パターンも検討。ロシアがいよいよ侵攻すると判断したならば西部のリビウに移動しそのまま陸路で脱出する計画だった。2月24日に侵攻が始まり予定通り行動に移してポーランドに脱出した。

そのほか長距離移動の際は故障など不測の事態に備え車を2台用意。取材場所では開始前に毎回、周囲に避難する場所があるかを確認し本社に報告、宿泊するホテルは周囲に壁となるような建物があるかなど入念な安全管理を行なっている。

■ウクライナ侵攻は国際秩序全体に対する挑戦

今後も私たちはウクライナ取材を続ける。ロシア軍の侵攻は個別の国の問題にとどまらない。ロシアの行動は武力による現状変更であり、第二次大戦後に苦労して築き上げてきた国際秩序を転換させてしまいかねない。ロシアを放置すれば侵略行為がまかりとおる世界になってしまう。またロシアは日本の隣国であり、日本の安全保障に密接に関わる問題だ。それだけに私たちとしてはウクライナ問題は今後も最重要課題の1つととらえている。