【深層NEWS】安倍元首相が変えた日本の安全保障<後編>
7月8日に亡くなった安倍元首相は安保関連法の施行のみならず、NSC(=国家安全保障会議)を発足させ、近年の日本の安全保障の基盤作りに着手しました。
7月13日放送のBS日テレ「深層NEWS」では安倍政権のもとで4年半にわたり統合幕僚長を務めた河野克俊さん、日本の思想史が専門の日本大学危機管理学部教授、先崎彰容さんをゲストに<後編>では、NSC発足の意義や防衛費のあり方、日米同盟による『核の傘』が機能するのかなど、今後の安全保障の論点を今の日本社会の背景分析とともに議論しました。
■「NSCを大いに活用した」
右松健太キャスター
「安倍元 首相は外交安全保障の司令塔となるNSC国家安全保障会議を発足させました」
笹崎里菜アナ
「2013年にNSCを発足する前と後では、日本の安全保障について何が大きく変わったのでしょうか」
河野克俊氏
「先進国ならどこでもある組織なのです。アメリカ、イギリスでも。なかったこと自体がおかしいのです。ですから、安倍元首相は是正をしたということです」
「隔週あるいは必要に応じて開催されましたが、特に安倍元首相は、(NSCを)大いに活用された方だと思います」
「(北朝鮮の)ミサイル が発射される等の緊急時はもちろん参集するのですが、定期的に色々なテーマについてフリーディスカッションし、情報共有と安全保障の方向性について、皆で頭を揃えるというようなことを常々やっていました」
「中身は申し上げられませんが、『こういう事態に対してどうする』等を議論していましたので、それもあるとなしでは全然違います」
■分散と集中
右松キャスター
「NSCに自衛隊の統合幕僚長が入って議論をする意義をどう見ていますか?」
先崎彰容氏
「今の日本社会全体のトレンドとは何だろうと考えると、『分散化していく』ということが基本的にトレンドなのです」
「例えば、岸田内閣はデジタル田園都市構想を立ち上げていますが、地方に分散していくことが大事なのだと言っています」
「もっとわかりやすい例で言うと、今はテレビや新聞のような権威ある場所に情報が集約されるのではなく、YouTubeやTwitterなどに、ものすごいフォロワーを抱えているたった1人の論客が登場してくるように、そういった権力の分散化というのが時代全体の流れなのです」
「そのような時において私が考えるNSCの意義というのは、安全保障に関わるもの、私の意見では、電力など生活に関わるものは、究極の生活インフラです」
「平和であるのは当然だと思っているけれども、これは違うのです。平和の方が稀有なことであって、一瞬たりとも、本当は緊張感を抜けば社会というのは崩壊したり、瓦解したりするものなのです。それを維持し続けるということ、そういう意味において安全保障は生活インフラなのです」
「そういったものに対して、時代のトレンドとは逆に、ある権力を『集中』して統率していくことが必要になってくる時代なのです」
「これはある種の権力の発動を意味しますので、日本の戦後社会においては、賛成を得にくいというか、場合によっては安倍政権が強権的であるとか、独裁的であるということまで言う人にとってのイメージはそこから来ているのです」
「だから、今の日本社会に必要なのは、権力を『統合』・『集中』するNSCに象徴されるようなことと、地方に『分散化』していくべきもの、これをはっきりと分けなければいけない時代に入ってきているのが、ここから言えることではないかと思っています」
■政治が自衛隊をコントロールする
河野氏
「戦前、軍が暴走したということもあり、戦後、私の認識では、つい最近まで『シビリアンコントロール』というのは、自衛隊を政治から極力遠くに離れさせるという時代が続いたのです」
「ところが安倍元首相は、自衛隊と政治との距離を縮めて、そして、政治が自衛隊をコントロールするのだという考えです」
「私から見れば、本当にシビリアンコントロールを実践された首相だったと思います」
右松キャスター
「シビリアンコントロールの点で言うと、これまで市ヶ谷(=防衛省)と首相官邸の距離感もあったのでしょうか」
河野氏
「ありましたね。私、幸い、安倍元首相のもとでお仕えしましたので、基本的に毎週、安倍元首相のところに自衛隊の活動について報告を行っていました」
「以前の統合幕僚長、あるいは統合幕僚会議議長が首相にお会いするのが着任の時と離任の時というパターンが、結構多かったと思います。それくらい首相官邸に制服自衛官が行くというケースはそうはなかった。それが安倍元首相で一変しました」
■「戦える自衛隊」のための防衛費
右松キャスター
「日米同盟を強化してきた安倍元首相は岸田政権になっても防衛費の増額について旗振り役を担っていました。今後、岸田首相がどれだけ自身のカラーを掲げて実現できるかが問われています」
笹崎アナウンサー
「安倍元首相なぜ防衛費の増額にここまでこだわったのでしょうか?」
河野氏
「(安倍元首相は)自衛隊の実態を把握されていました。したがって、これで本当に『戦える自衛隊』なのかという問題意識は持っていたのです」
「飛行機や艦船、戦車を購入する時に防衛費が限定されると、次に弾薬や燃料などの購入に着手しなくてはいけないのですが、予算が十分にないと(弾薬などの購入に)シワ寄せが来てしまいます」
「今後(防衛費がGDP比)2%ということになるのであれば、やはり(航空機・戦車などの)正面装備と、それに付随する弾薬や燃料、ミサイル等にも手を付けることができて、戦い続けることができる、『戦う自衛隊員』になれる。そういったところに目を向けていただきたい」
「あと施設です。今でも戦前の施設が多くあるのですが、陸海軍が立派で頑丈な建物を建てていたおかげで『使えるならそのまま使いなさい』のような話になっていたのですが、もうそろそろ時代とともに、手をつけていただきたい」
「研究開発も防衛産業を育成するためにも絶対必要な予算ですので、今確かに2000億円程なのですが、もっと増やさないと駄目だと思います」
■新しい資本主義と防衛費
右松キャスター
「先崎さんは『安全保障は究極の生活インフラだ』と話をしていましたが、ロシアのウクライナ侵攻によって日本の防衛力は そもそも大丈夫なのかといった不安感が漂っているように感じます。抑止力を高めるための防衛費の増額について、使い道を含めてどう見ていますか?」
先崎氏
「まず安全保障の問題は、一国の問題ではなくて、関係性の中で変わってくるっていうことなのです。我々がどれだけ平和を求めたとしても、周辺で熱度が高まり、国際情勢が激変した場合この関係性の力学によって決まってくるものです」
「国際関係の力学が変化した中において日本も不可避的にお金をもうちょっと出さなきゃいけないっていうふうになっているというのがまず1番です」
「先ほど、『集中』すべきところと、日本社会のトレンドは『分散』していると言いましたが、これの究極のあり方の1つ が透明性や競争、自由化ということを90年代以降の日本は、新自由主義社会の中で過剰にやってきたわけです」
「それを新しい資本主義ということで岸田政権は是正しようとしていますが、これを防衛の問題で考えた時、防衛の装備品一つとっても、競争入札という制度をとり、『安い方がいいだろう』ということを過剰に追求した結果、儲からない産業であるならば撤退しようということで日本国内の防衛産業が非常に疲弊してしまっている」
「こういったときに『分散』の反対である『集中』が必要です」
「ある兵器を作らなければいけないときに、細かく言えば『随意契約』といいますが、国がある安心感を与えて『お前たちに任せる』『10年20年でも失敗も許す』『しかしお願いするから、モノを作ってくれ』と」「ただ単に『一般競争入札なのか』、『随意契約が大事なのか』ということではなく、日本人の防衛、安全保障に対する構え、さらに日本人が取ってきた経済政策によって『競争こそが大事なんだ』というこの社会全体をいま、新しい資本主義ということで是正しようとしているではないですか」
「その一環の中にこの安全保障の問題があり、むしろ一丁目一番地で考えなければならない問題だというのが、私が『究極の生活インフラだ』と言っている意味です」
■『核の傘』は当たり前ではない?
飯塚恵子 読売新聞編集委員
「日本が防衛力を強化するというのは軍事的にもちろん必要だと思いますが、その姿勢を見せることも政治的に重要だと思います」
「今回のウクライナ侵攻ではロシアが核の恫喝をして、武力による国家侵略というのが現実に起こるという世界になった」
「アメリカで、今日本への『核の傘』に関連して、中国が仮に(ロシアと)同じようなことをやったときに、本当にここに介入するのか、するべきかという根本的な疑問の声が、まだ広がってはいませんが一部で上がり始めたのです」
「つまり安保条約に基づく『核の傘』を当たり前と思っていない人たちがアメリカ側で出始め、それを心配する声が日本でも出始めた」
「やはり日本側は『核の傘』というのは当たり前だと思ってはいけないということだと思うのです」
「ウクライナの場合は、一生懸命戦う姿勢を見せているから、同盟国ではないけれども米欧も支援しているわけです」
「日本も『自分の国を自分で守るんだ』ということを見せて、そしてアメリカに、『だからこそ日本を守らないといけない』と思わせないといけない、そういう時だと思います」
河野氏
「核をめぐる日本の戦略環境は大きく3つ変わったと思います」
「1つ はウクライナ情勢によって、北朝鮮の核保有の正当性を与えてしまった」
「2つ目は、核戦争を考慮して軍事的に動かないアメリカを日本も見たくないけど見てしまった。この記憶は消せない」
「3つ目は、米中対立が今後の基軸になりますから、日本は世界の安全保障の地理的にも最前線に立ってしまった」
「この3つの戦略環境が大きく変わったということを踏まえて、日本は国をどう守るかについては、『核の傘』『核シェアリング』も含めて大いに議論をすべきだと思います」
右松キャスター
「その議論の先に見出すべき答えとは?」
河野氏
「私は『核シェアリング』、要するにアメリカの核を『使う、使わない』について、日本もその意思決定に参画できるメカニズムを追及すべきではないかと思います」
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